テーマ:国鉄

クハ381ー1との再会など…

 リニア・鉄道館で出会った車両。  もう一つの再会がありました。  国鉄が在来線の高速化を期して製作された「振り子電車」。  その量産型である381系の先頭車「クハ381ー1」が展示されています。  この車両、私が昭和49(1974)年秋の修学旅行の際に、往路名古屋から長野…
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モハ52004との再会…

 9月23日(土 秋分の日)、私たちは「リニア・鉄道館」に居ります。  展示ルームに入った私は、真っ先に「とある車両」に向かいました。  私が「リニア・鉄道館」を訪れた最大の目的は、この車両と再会することでした。  鉄道発達史に興味があった私は、京阪神間の私鉄に対抗するべく、鉄道省が…
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リニア・鉄道館…

 9月23日(土 秋分の日)、家内と二人で近鉄特急に乗り、名古屋であおなみ線に乗り換えて、終点の「金城ふ頭」駅に着きました。  目指す建物は駅のすぐ近くです。  あおなみ線には、リニア・鉄道館の広告が出ています。  建物はあおなみ線の車内からもよく見えます。  金城ふ頭…
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姫路えきそば

 スーパーマーケットでこんなものを見つけました。  「JR姫路駅ホームの駅そば」のカップめんです。関西限定発売だそうです。  あまりの懐かしさに、つい手が出てしまいました。    姫路駅の「駅そば」は、通常の黒いそばではなく黄色いそば、所謂中華めんです。ただし、おだしは普通のおそばのも…
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国鉄飯田線 昭和53年夏 番外編

 以前ブログでお話させていただきました国鉄飯田線の話題。  新たな写真が二枚ほど出てまいりましたので、ご紹介させていただきます。  昭和53(1978)年8月8~9日にかけて訪問した、国鉄飯田線。  念願だった流線型電車「モハ52」にもお逢いすることが出来ました。とても素敵な旅でしたが、もう記憶が薄らいできてお…
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国鉄姫路駅から見た山陽電車

 以前のブログで、約30年前の国鉄姫路駅の写真をご紹介させていただきました。  その写真を、よく眺めていますと、向こうの方に山陽電車が写っておりました。  当時のエース3000系と思われます。  他のコマを見てみますと・・・  これも3000系だと思います。  偶然に写り込ん…
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須磨海岸・・・

 約30年前の国鉄の写真から・・・。  須磨海岸を走行中の快速電車です。    明石方面から大阪方面へ走行中の車内からの撮影です。  コマ順から考えて、以前ご紹介させていただいた国鉄姫路駅撮影の帰路だと思われます。    向こうからやってくるのは、EF65でしょうか、電気機関車に牽引された貨物…
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国鉄三ノ宮駅

 たった一枚しかございませんが・・・  昭和53(1978)年頃の国鉄三ノ宮駅の画像です。  吹田行普通の103系7連。  後方には、阪急三宮駅のビルが見えます。  時計は、午後3時23分を示しています。  この付近は、さきの阪神・淡路大震災にて、風景が激変いたしました。…
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国鉄姫路駅

 約30年前の国鉄姫路駅の写真が出てまいりました。  以前、ブログで姫新・播但線と思われる姫路駅での気動車の写真をお届けいたしましたが、同じ日の撮影と思われる他の写真がありました。  相変わらず撮影の時期は不明で、撮影したこと自体の記憶もほとんどございません。  姫路駅のホーム西端から、西方向(相生・岡山方面)…
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阪和線天王寺駅

 今回は、阪和線天王寺駅の写真です。  撮影時期については、相変わらず全く記憶にございません。おそらく昭和51~52(1976~77)年頃だろうと言う程度です。  この直後に、阪和線の旧型国電が引退しているので、その直前だろうと思われます。  本当に残念なことに、当時の私は、国鉄電車に対しては、全く興味がな…
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姫路駅の気動車

 相変わらず、記憶が定かではございませんが、昭和53(1978)年頃の姫路駅に佇む気動車の写真がございました。    懐かしいバス窓タイプの気動車です。キハ20だと思います。車番の確認が難しいのですが、かろうじてキハ20-4×と読めました。下一桁は・・・よくわかりません。後続は同じくキハ20で、その後にキハ23らしきもの…
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昭和53年倉敷駅 (2)

 昭和53(1978)年に訪れた倉敷駅の写真です。  115系でしょうか、ローカル電車です。  正面の塗分けは、関西地区では見かけない、珍しいものでした。  EF66牽引の貨物列車がやって来ました。    伯備線でしょうか、ローカルの気動車がやって来ました。  柱が被ってい…
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昭和53年倉敷駅 (1)

 約30年前、倉敷を訪れたときの写真です。  毎度のことながら、記憶がほとんど残っておりません。    ただ、大阪・倉敷間は、新幹線を使わず、往復とも普通列車を乗り継いだことは覚えております。    「岡山」という文字がかろうじて判読できる昭和53(1978)年6月11日(日)という日付の往復切符が残されていますの…
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明石海峡付近の国鉄 (電車編)

 昭和53(1978)年頃の国鉄朝霧駅付近を行く、国鉄の写真です。  朝霧駅を通過する新快速京都行です。    私鉄特急に対向するため、新幹線開業により、余剰になった急行型電車を使用して、特急並みのスピードで都市間を高速で結ぶ、新たなサービスとして登場した「新快速」です。当時としては、破格のサービスでした。  111・1…
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明石海峡付近の国鉄 (列車編)

 国鉄(現JR)朝霧駅付近は、明石海峡を眼前に、遠くに淡路島も眺めることが出来る、なかなかの絶景です。  昭和53(1978)年頃だと思いますが、この付近で撮影した写真を、何枚かお眼にかけます。  まずは、特急列車です。「はまかぜ」ですね。  キハ82、6連のまことに美しい編成です。当時は、新幹線が博多まで開通し、…
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国鉄飯田線 昭和53年夏 3

 昭和53(1978)年8月8日(火)、飯田線全線乗車を終え、深夜の辰野駅に到着。  駅の待合室で横になり、早朝の電車を待ちました。  未明の辰野駅構内を撮影したカラーフィルムがあるはずなのですが・・・所在が行方不明です。誠に残念です。  明けて8月9日(水)、辰野駅で駅弁を購入し、途中から急行「伊那」(たぶん伊那…
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国鉄飯田線 昭和53年夏 2

 飯田線紀行、第2回です。  昭和53(1978)年8月8日(火)、大阪から、近鉄・名鉄を乗り継いでやってきた国鉄飯田線。豊橋から山中へ約60キロ(全線の約三分の一の行程)、「中部天竜」という豪快な名前の駅にやって来ました。  美しいスタイルの電車が写っています。  この電車は、クモハ53007。昔の名前は…
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国鉄飯田線 昭和53年夏 1

 旧型国電、特に戦前の京阪神を駆け抜けた流線型電車を求めて、昭和53(1978)年8月に、飯田線の全線乗車を敢行いたしました。  関西の鉄道発達史に興味があった私は、私鉄の高速電車に割って入った流線型電車モハ52(通称流電)の存在が気になっていました。 鉄道雑誌に紹介されていた記事から、流電が飯田線で健在と知り、なん…
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国鉄明石駅

 学生時代、通学のために毎日のように乗り降りしていた国鉄明石駅のお話です。  今から約30年前の4年間、国鉄で通学していました。大阪環状線から東海道線を乗り継いでゆくと、やがて車窓から、明石の天文台が見えてきます。ここは日本標準時。東経135度の子午線を毎日往き来しておりました。  明石駅のホームは島式2面。海側が電車線、山…
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