テーマ:昔のもの

トワイライトエクスプレスの想い出(後)

平成5年3月の新婚旅行で利用させていただきましたトワイライトエクスプレスの乗車記を続けさせていただきました。  新婚旅行は、まだまだここから始まるのですが、私の心の中では旅行のほとんどがこの時点で終わってしまっていたのかもしれません(笑)。  残念ながら、家内はトワイライトエクスプレスの記憶がほとんど残っていないのだそうです。…
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夢の旅(5)

 トワイライトエクスプレスでの夢の旅のお話を続けさせていただいています。  平成5(1993)年3月21日正午に大阪を出発いたしました私たちの乗るトワイライトエクスプレス。  ラウンジカー「サロン・デュ・ノール」に居る私たちです。  日付も変わりまして、駅名標に感激した青森駅を出ました。  しばらくは、列車の…
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夢の旅(4)

 平成5(1993)年3月21日。  夢にまで見た札幌行トワイライトエクスプレスの車内に居ります。  トワイライトエクスプレスの旅での大きな楽しみの一つ、ダイナープレヤデスと名付けられたダイニングカーでの晩餐の時刻がやってまいりました。    ここでの食事も、A個室寝台車同様、なかなかチケットが手に入らないと…
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夢の旅(3)

 平成5(1993)年3月21日正午。  私たちを乗せた憧れのトワイライトエクスプレスは、北の大地に向けて、いま大阪駅を出発いたしました。  車内には、山口百恵さんの歌う「いい日旅立ち」が流れています。  ♪ 「雪解け間近の 北の空に向かい…」  かつて、ディスカバージャパンのイメージ…
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夢の旅(2)

 平成5(1993)年3月の新婚旅行のお話でございます。  トワイライトエクスプレスのA個室ロイヤルが取れたという連絡をいただきまして、はやる気持ちを抑えて、奈良駅の旅行センターへ向かいました。  念願のトワイライトエクスプレスのチケットが目の前にございます。  旅行計画書 …
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夢の旅(1)

 平成5(1993)年3月、結婚式を挙げた私たちは、その翌日北海道へ旅立ちました。  念願だった「トワイライトエクスブレス」を利用しての旅行です。  その時のお話を、何回かに分けてさせていただきます。  この旅行記は文章が多くなりますが、その点ご勘弁いただきたいと思います。 小さい時から、長い汽車…
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トワイライトエクスプレスの想い出(前)

 寝台特急「トワイライトエクスプレス」が運転を終えて、早いもので1週間以上が経ちました。  22年前のあの時の感激の入線シーン、そして乗車。  一歩車内へ足を踏み入れた時の感動は今も忘れません。  過ぎ行く駅名標を見るたびに、着実に故郷を離れ、目的地に近づいて行く期待感と安心感、そし…
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製薬会社の広告マッチ

 父のノートから。  今回は、製薬会社の広告マッチでございます。  当方、医薬品に関しましては全くの門外漢でございますので、色々と調べてみました。  バイエル製薬。  ご存知の方もたくさんおられますように、バイエルは1863年創業のドイツの薬品メーカーで、このラベルのようにバイエルクロスと呼ばれる美し…
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ハムライスの素

父のノートに、このようなものが貼付してありました。  おそらく、缶詰に貼られていたラベルだと思われます。   その全体でございます。  「ハムライスの素」  とても美味しそうな物でございます。  あまり聞きなれない料理ですので、少々調べてみました。    ごはんにハムを混ぜて炒め…
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父のノートに残る「大丸」

 百貨店の名建築と言われる大丸心斎橋店。  父のノートには、そんな大丸に関するものが残されております。  おそらく昭和10年代のものです。  まだ完成間もない頃の大丸心斎橋店に関する物。ご紹介させていただくことにいたします。  まずは、マッチのラベル。  一度ご紹介させていただきました、…
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心斎橋百貨店の広告

 好評のうちに幕を閉じられましたNHKの朝の連続テレビ小説「ごちそうさん」。  あの空襲の夜のシーンに登場しました心斎橋百貨店の広告のデザインにつきましては、先日の記事でも少しお話をさせていただきましたが、父のあのノートの中に、色々とあるのを発見いたしましたので、ご紹介させていただきます。  塔屋にひるがえる…
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黒野駅もう一度 (2)

 今は無き名鉄揖斐・谷汲線の黒野駅での写真を、もう一度ご紹介させていただいております。  訪問は、昭和55(1980)年7月13日(日)でございました。  岐阜市内線からの直通本揖斐行が発車して行くところだと思います。  電車は、何とも素敵な2両編成です。  向こう側が先頭のモ522号で、手前…
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喜久屋食堂

 父のノートからのお話です。  こんな名前のレストランのマッチがございます。  こんな名前のレストランがあったんだなぁ・・・、くらいに思っておりました。  「喜久屋食堂」、決して大衆食堂ではありません。当時は、現在のようにレストランという名称が定着していたとは考えにくく、ましてや洒落た洋風の名前のお店はほとんどなかったと思いま…
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トンボ鉛筆

 父のノートからのお話。  今回は鉛筆です。  この紙片は、鉛筆のケースに入っていたものと思われます。  トンボ鉛筆。  マークとロゴも見えます。  鉛筆の硬度についての説明がございます。  日本での鉛筆の量産は、明治20(1887)年に真崎鉛筆製造所(現 三菱鉛筆)がその製造を開始したのが始まりとされてい…
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ロート目薬

 父のノートから。  今回は、ロート目薬のお話です。  ロートにつきまして、少し調べてみました。  ロート製薬は、明治32(1899)年に「信天堂山田安民薬房」として創業。「胃活」という胃腸薬を主力商品としておられました。明治41(1908)年に「ロート」を商標として登録され、翌年にロート目薬を発売されます。  昭和6…
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明治チョコレート

 父のノートの中に、明治チョコレートの包装紙がございます。    全体像を見ますと、現在のものとさほど変わらない雰囲気を持っていますね。  包装形態は、銀紙で密封されたものに包装紙が巻きつけてあるという現在のものと変わらなかったものと思われます。  明治製菓のホームページによりますと、昭和15(1…
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2013 謹賀新年

 みなさま 新年あけましておめでとうございます  旧年中は、拙ブログをご愛読くださいまして、誠にありがとうございます。  昭和64(1989)年・巳年の阪堺電車初詣記念乗車券です。  3枚組(160円券2枚 230円券1枚)でございました。  昨年のお正月風…
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東京オリンピック・・・

 父の遺品のノートに貼られているラベル。  今回はこれです。  森永ピースに挿入されていた景品引換券です。  ここに見られる「オリムピック」。もちろん東京オリンピックの事ですが、昭和39(1964)年開催の東京大会のものではなく、もちろん日本が誘致を行っている2020年大会のものでもありません。 …
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大鉄百貨店 (3)

 大鐡百貨店(現 近鉄百貨店阿倍野本店)のお話、最終回です。  父のノートに貼付されておりますものから、大鐡百貨店で販売されておりましたものについておりましたシールなどをご紹介させていただきます。  さまざまなものがございますが、どれも百貨店商品として販売されていたのですね。  …
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大鉄百貨店 (2)

 父のノートに残されております大鐡百貨店に関するもののお話です。  大鐡百貨店地下にあったと思われる、映画館の広告(おそらくマッチのラベルと思われます)です。  「エノケンの大陸突進」、封切りは昭和13(1938)年だそうです。  大鐡ニュース会館の観覧券です。  テレビというメディアがありませんでし…
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大鉄百貨店 (1)

 地上300メートルという、日本一の超高層ビル「あべのハルカス」に生まれ変わる大阪・阿倍野橋の近鉄百貨店阿倍野本店。  ついに300メートルの高さに達したそうです。  さて、その近鉄百貨店阿倍野本店。その前身は、昭和12年に開業いたしました大鐡百貨店です。  父のノートの中にも、大鐡百貨店に関するものがかなり多…
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攝津酒造

 父のノートに貼られていたラベル。  こんなものがございました。  どんなものに貼られていたのかは全く不明なのですが、ここに見える「攝津酒造」の名前について、少々調べてみますと、とても由緒ある偉大な会社であることがわかりました。  明治40年頃からアルコールの製造を開始していた摂津酒造は、その後ウイ…
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阪急百貨店のシール

 父のノートには、阪急百貨店の包装紙に貼付されていたと思われるシールなど、戦前の阪急百貨店に関するものがいくつか残されております。  鳳凰がデザインされた美しいこのシールは、なにかの祝事の包装紙に貼付されていたのではないかと想像されますが、時期的に紀元2600年を奉祝する物だった可能性もあると考えております。  …
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宝塚少女歌劇の広告マッチ

 父のノートに貼付されております、阪急のマッチのラベル。  そこには、宝塚少女歌劇の広告が描かれております。  その演目から、年代が特定できそうですので、少し調べてみました。  まずは、前回ご紹介させていただきましたものから。  昭和14(1939)年春の雪組公演(3月26日~4月25日)です…
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阪急百貨店のマッチ

 父のノートには、誠に残念ながら阪急電車(阪神急行電鉄)の乗車券は一枚も残されておりません。  そのかわりに、阪急百貨店のマッチのラベルが残されております。    その裏面と思われます。  「鮎料理券が往復乗車券とセットになって発売」とありますね。梅田から2円20銭・神戸(三宮)から2円70銭…
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ウテナコールドクリーム

 父のノートから。  ウテナコールドクリームの空き箱です。  「ウテナ」といいましても、「少女革命ウテナ」ではございません。アニメファンの方、さいとうちほ先生ファンの方、ごめんなさい。  クローバーが「ウテナ」の字になっている素敵なデザインのシンボルマークですね。  値札が剥が…
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アベノ橋ホテル

 父のノートに残されたあるマッチのラベル。    少し気になっているものがございました。  戦前のものと思われるこのマッチ、ふとしたことからこの建物が現存することを知り、先日確認してまいりました。  阿部野橋の交差点近く、林立する近代ビルのただなかに、ポツンと残され…
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不二家洋菓子舗(後)

 父のノートにございます不二家洋菓子舗のマッチのラベル。  ご紹介させていただきました心斎橋の夜景のもののほかにも何点かございます。    最後のお菓子が並んでいるイラストのラベルですが、クッキーの綴りが「COOKI」になってお…
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不二家洋菓子舗(前)

 父の遺品のノートから。  今回は、心斎橋・不二家洋菓子舗のマッチです。  現役時代の心斎橋の美しい夜景ですね。  明治43(1910)年、横浜に洋菓子店を開店させたのが不二家の歴史の始まりで、心斎橋店は昭和6(1931)年5月の開店だそうです。  石造橋になった三代目の心斎橋(明治42(…
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阪堺電気軌道発足

 昭和55(1980)年12月1日、南海の大阪軌道線(上町線・阪堺線)が分離独立し、南海の100%出資子会社である阪堺電気軌道として発足いたしました。    今日は、その時に発行されました記念乗車券をご紹介させていただきます。  100円券5枚をセットにした発売金額500円でございました。  乗車券がセットさ…
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