北畠顕家公戦死の地…

 3月23日(火)、早朝に時間ができましたので堺・石津の地を訪ねました。

 住吉電停で同好の方にお逢いいたしました。


 6時23分発の浜寺駅前行354号に乗車。

 楽しいお話をさせていただき、同好の方は出勤のため途中で下車されました。


 ツリカケ車の音を楽しみながら堺市内を南下し、「石津」にて下車。
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 踏切を西へ渡り、ほどなく紀州街道に出ます。

 紀州街道を南へ進み、目の前にある「太陽橋」を渡った南東のたもとに「北畠顕家」公の顕彰碑があります。

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 先日までNHKBSプレミアムで再放送されていた大河ドラマ「太平記」。

 南北朝時代をあつかうはじめての大河ドラマとして注目されていました。また「朝敵」とされていた足利尊氏(配役 真田広之さん)が主人公であり、天皇家や皇族を描かねばならないなどデリケートな問題に踏み込まなくてはならなかったはずですが、親子や兄弟の絆を柱にしたとても興味深いドラマになったと思っています。


 ドラマの終盤、楠木正成(配役 武田鉄矢さん)や北畠顕家(配役 後藤久美子さん)…、関西の偉人たちが次々と退場してゆく場面に心を打たれていました。


 ここを訪れるのは平成25(2013)年7月以来ですが、以前訪問した時よりも雰囲気が明るくなっています。


 幟があがり…
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 案内板が新設されています。
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 平成27(2015)年に設置されたようです。

 北畠顕家公につきまして、過去記事で何度か書かせていただいたことがあります。

 8年前の訪問記です。



 足利尊氏と戦うため、南朝方の期待を一身に受け、破竹の勢いで京へと攻めのぼった顕家公は、京を目前にして進路を変え、父北畠親房(配役 近藤正臣さん)のもとを訪れます。
 ドラマでも父親房が顕家の取った行動に対して叱責する場面もありましたが、本当に久しぶりに心を打ち明けて対面する親子のシーンに見惚れておりました。不安から涙を流す顕家に「その涙は決して武家の前で見せてはならぬ」と諭し、「うまいぞ!」と茶をすすめる親房。

 これが今生の別れになってしまうことを思うと胸が熱くなるのを覚えました。


 顕家がなぜ進路を変えたのかは諸説あるそうですが、このことにより北朝方に勢いが戻り、次第に顕家側が劣勢になっていきます。そして北朝の重臣高師直との天王寺(阿倍野ヶ原)の戦いで大きな痛手を受けて背走する形となり、この石津の地でわずかに残った味方の軍勢とともに戦死されたと伝えられています。
 
 数え年21歳という若さでの戦死でした。


 明治以降、南朝方の実力者たちを敬う動きが特に強まり、戦時中にはその働きが強調されていきました。
 この碑の入り口にある石柱の裏側にも…
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 このような標記が見えます。



 太陽橋の北詰から…

 阪堺電車…
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 南海本線…
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 この顕家公の碑は阪堺線や南海本線の車窓からも垣間見ることができます。



 阪堺線の石津へ戻りますと…
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 往路に乗ってきた354号が浜寺から折り返してこられたところでした。


 この電車で住吉まで戻ります。


 堺トラム1001号「茶ちゃ」の運転席の窓から運転士さんの白い手袋が見えています。
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 全般検査を終えたばかりの702号…。
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 昨年末に塗装を更新されていますので、まるで新車のような輝きです。

 カメさんがいっぱいの楽しいデザインです。
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 さきほど我孫子道で162号に出庫の雰囲気が感じられましたので、しばしこの場所で待つことにしましょう。



(1982号)

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この記事へのコメント

タイムスリップ
2021年03月25日 11:56
  阪堺石津は懐かしいです、

 大阪市内に引っ越す前、大学出たての頃数年暮らしました。

 未だ26号線は浜側(旧26)で第二阪和は未だ池上曽根遺跡の辺りまでだったかな?

 近くに風呂屋が無くて冬場は苦労しました。

 ストリートビューで川沿いの道を見ますと随分変わってしまって(半世紀近く経てば当たり前か)。

 偶に石津川を渡って大阪府の南部に釣りに出かけたりしますが、川や港の水質が随分改善されていて、それも当時の面影はありません。

 只々時の経過を感じるのみ。

 頭のなかではついこの間の様な気がしますが。
ごっさん
2021年03月25日 22:58
先日は僅かな時間でしたが、楽しいお話をありがとうございました。

さて、どこまで本当かは存じませんが、以前こんな話を聞いたことがあります。
歴史に興味を持ち始めた人は京都に行く
少し深掘りしたい人は奈良に行く
通な人は大阪に行く

興味の対象やその年代により訪問先は変わるものだとは思いますが、こうしてのり様のお話をお聞きいたしますと、派手さはないけれど、この大阪にも数多くの歴史の証人が存在してるのだと、改めて気づかされます。
今度休みの日に、私もあちこち廻ってみようと思います。
2021年03月26日 08:47
 北畠顕家で思い出しましたが、上町線にその名も「北畠」と言う停留所がありました。大阪在住の時は単なる地名だと思っていたのですが、後年北畠顕家の墓地があることを知りました。阿倍野近くを徘徊していたときは知るよしも無く、友人宅を訪問したとき上町線で「北畠」を通過するときもただ子供心に面白い名前だなとは感じましたが、駅名の由来を調べることも無く放置していました。石津に北畠顕家戦死の地があることもこの歳になって初めて知りました。貴重な情報ありがとうございます。

デトニ2300
のり
2021年03月26日 18:42
♪ タイムスリップ様
阪堺電車に揺られていますと、遠い昔のことを思い出してしまいますね。
一時期私も商用車で第二阪和を走っていましたが、途中で終わってしまうので海側の26号線まで出なければなりませんでした。
そういえば大和川も最近はずいぶん綺麗になりました。
「時の流れ」を感じるようになったのは年齢を無駄に重ねてしまったせいでしょうか(笑)。


♪ ごっさん様
当日は失礼いたしました。

京都・奈良・大阪のお話、案外当たっているかもしれませんね。大阪には意外に歴史的な(しかも古代から近代まで…)ものがありますからね。
私も少しずつそのようなところを尋ねてみようかと思っています。


♪ デトニ2300様
「北畠」は私の地元にほど近く、小学校の時から「北畠顕家」ゆかりの地ということは教えられてきましたので、本当に身近な存在だといえます。北畠公園にある墓所(本物である可能性は低そうですが…)、明治時代に顕家公奮戦の地に建てられた「阿部野神社」、そしてなによりも「北畠」という地名があるということがすごいと思います。
石津の地で亡くなられた…、ということを知ったのは、私も大きくなってからで、それまでは「阿部野神社」が戦死の地だと思っていました。
大河ドラマ「太平記」、30年近い時を経てあらためて見ましたが、やはりすごいドラマだったと思います。
ドラマでは北畠顕家を後藤久美子さんが演じておられました。