さらば5扉車…

 京阪の名物電車として知られている5000系5扉車…

 このたびのダイヤ変更によりまして、「5扉」としての運用がなくなり、ラッシュ用ドアを締め切って「3扉車」として運用されることになりました。


 1月28日(木)早朝、出勤途中の枚方市駅にて、ほんの一瞬ですがお別れをしてまいりました。


 発車案内には「5扉車」が続くことが表示されています。
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 「中之島行普通」がやってまいりました。
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 乗降が終わり扉が閉まります。

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 ずらりと並んだ扉が一斉に閉まるさまは圧巻でした。


 まだ、この朝はカメラを構える方がひとりもおられませんでしたが、5扉運用の最終日である翌29日はカメラやスマホをかざしておられる方が目立ちました。




 5000系は、昭和45(1970)年暮れに登場した通勤型電車です。

 当時京阪本線は通勤時の利用客が急増し、工事が進行中であった守口市・萱島間の高架複々線化工事の完成を待つことができないほど混雑が逼迫していました。押し寄せる利用客の乗降に時間をとられ、ダイヤの遅れが日常化していたのです。そこで乗降時間の短縮を目指して開発されたのが片側両開5枚扉のこの形式でした。
 1両あたりの床面積に対する座席の数が法律で決められていましたので、それをクリアするために、ラッシュ時運用を終えたあと、ラッシュ用扉を締め切って扉上部に格納された座席を降下させて3扉車として使用するという方法をとった日本唯一の「昇降式座席格納車」でした。


 当時の鉄道雑誌に
 「ドア・窓・ドア・窓・ドア… 究極の通勤電車」
という記事があったのをよく覚えています。


 それ以外にも、冷風を車内に満遍なく送り届けるための「回転グリル」やバネ跳ね上げ式吊革などなど、技術の京阪ならではの新機能が散りばめられた革新的な電車で、これ以後の通勤型京阪電車の標準をかたち作った名車だと思います。


 そのあたりのお話を平成21(2009)年の過去記事でさせていただいています。



 ラッシュ時以外には、汎用車として幅広く用いられていました。淀屋橋・三条間の急行に使用される姿です。
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 (昭和53(1978)年頃 野江)


 ほかにも野江で撮影したものが何枚か…
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 (平成22(2010)年5月)



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 (平成23(2011)年11月)



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 (平成24(2012)年10月)




 この京阪5000系の5扉は、日本最期の「多扉車」だったそうです。



 高度経済成長に伴う通勤地獄という時代の流れを飲み込もうと開発された昇降式座席格納装置を持つ5扉車。

 「ホームドア」という時代の流れに飲み込まれるかたちで終焉を迎えたのは皮肉なものです。


 京阪の通勤輸送の主力として走り続けて50年…

 本当にありがとうございました…

 この言葉で労いたいと思います。



 5000系は「3扉車」としてしばらくは活躍するそうですが、13000系30番台の増備が始まりますので、新造車にバトンをわたす日も近いと思います。



(1977号)

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この記事へのコメント

ぽんた
2021年02月08日 13:32
こんにちは。
まだスマホがなかった時代ですが
はじめて3扉に乗った時の衝撃は今でも鮮明に覚えています。
関西には不思議な座席が存在する!
写真を撮りまくりました。

 ↓ 赤もかっこよかったですが
こちらもクールでかっこいいですね。
扉が華やかでステキです。
5000系にもお別れ言いたいけど
感染状況が心配です。
ワクチンはどうなのでしょうね。
疫病退散!
BYRD
2021年02月09日 22:23
「5扉車終了」のニュースを最初に知った時は5000系が引退するものだと恥ずかしながら勘違いしておりました。

今回の5扉車の運用や過去にはテレビカーと時代を彩った昭和の頃の京阪の名物電車がなくなってしまって、本当に時代が変わったと実感させられます。
のり
2021年02月10日 20:48
♪ ぽんた様
京阪の5扉車はすごい電車でした。日本でただ1つの昇降式座席格納車で、京阪の技術が詰まった電車です。こんな電車はおそらくもう二度と出ないのではないかと思いますので、ぜひ保存して欲しいと思います。
プレミアムカー、機会があればぜひ…。

本当に「疫病退散」を願うばかりですね。


♪ BYRD様
13000系3次車6編成が出揃う6月には、残念ながら引退されるようです。

おっしゃるとおり時代を彩った京阪の名物電車が姿を消してゆくのはさみしいですね。
タイムスリップ
2021年02月12日 09:38
  昭和の40年代で京阪を思い出せばば、大学に入ってからの部活で対外試合で数回利用した記憶しかありません。

 でも、万博や予備校の通学等で電車を利用した際の混雑は今思い出しても悍ましいです。

 乗り降りのスピードやシートを減らして乗客数を増やすとか合理的だと思います。

 その必要が無くなったことが寂しくもあります。

 

  
のり
2021年02月12日 23:41
♪ タイムスリップ様
おっしゃるとおりですね。
慢性化していた混雑による列車の遅延を少しでも解消しようというのが時代の要求だったと思います。
そのために開発されたこの電車が、今度は「ホームドア」という時代の要求に合わなくなってしまった…
なんだか寂しくなりますね。
2021年02月26日 19:06
5000系の引退寂しいですね。京阪沿線に転居しラッシュ時の淀屋橋駅で「電気椅子」の昇降作業を見たときの感動を思い出します。高価な車両でもあり、より古い車両より先に引退させてしまうのは残念です。
のり
2021年02月27日 08:12
♪ サットン様
5000系の引退はすでに始まっているようです。
この車両の高い技術は是非とも後世に伝えてほしいと思っています。
なんとかくずはモール内の3000広場に保存展示できないものでしょうか…。