平野線廃止40年…(後)

 姿を消して40年の歳月が流れた南海平野線


 その懐かしい勇姿を思い浮かべています。



 昭和55(1980)年11月24日(日)、平野線に乗って終点の平野に到着するところ、場内信号機が開くのを待っています。
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 天王寺駅前行234号が発車して行きます。


 乗っている電車は、このあと右側へと渡って2番線に入り、天王寺駅前行となったはずです。



 懐かしい平野駅…
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 ホームを眺めます。
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 平野駅は狭い敷地を有効に利用するため、片側ホームを切り欠いたかたちで、奥に1番線・手前に2番線が配置されていました。



 1番線に停まる恵美須町行231号…
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 右側に2番線へと通じる線路が見えています。



 廃止の公告です。
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 最終日は平野線に限り一日中「無料」という粋な計らいがされました。
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 平野線がなくなり、上町線と阪堺線の2線となった南海大阪軌道線は、その年の12月1日から効率経営を目指して南海から独立し、100%出資の子会社「阪堺電気軌道」(2代目)として新発足します。
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 最終運行は昭和55(1980)年11月27日でした。当日は仕事の都合で愛知県に居りましたので、最終日直前の日曜日である11月24日が最期の乗車となりました。



 余談ながら、ワンマン化対象から外れたモ205形電車は、そのほとんどが平野線と明暗を共にすることになりました。




 廃止から40年を経た今でも上町線や阪堺線に乗っていますと、平野線の電車をふと思い出すようなことがあります。



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この記事へのコメント

hm6059
2020年11月23日 20:41
のりさん、こんばんは。
平野駅は、ここにターミナル駅があるの?と思えるくらいこじんまりした空間にありました。でも、周辺の商店の数、人の賑わいは立派な「駅前」の様相でした。他に知る限りでは、駒川町、田辺、文ノ里も駅前商店街の雰囲気があって、平野線は沿線の人々の生活と密着していた存在だったと今も思っています。
のり
2020年11月25日 06:37
♪ hm6059様
平野線は沿線住民の足として最後まで活躍していましたね。
天王寺駅前行きの電車にはいつもたくさんの人が乗っていた記憶があります。
西平野から平野終点にかけての「プロムナード」にも、沿線の人たちのこの電車に対する愛着と誇りが感じられます。

姿を消して40年…

私たちも歳を重ねてしまいました…