平野線廃止40年…(中)

 昭和55(1980)年11月にその使命を終えた南海平野線。


 その面影を振り返っています。



 恵美須町を出て飛田から併用軌道に入り、坂を上って阿倍野交叉点にまいりました。



 阿倍野交叉点付近の平野線電車です。



 平野行電車(205形電車)の車内から上町線の電車を眺めています。(昭和55年2月29日)
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 上町線を行く電車は172号と166号です。




 阿倍野交叉点を行き来する平野線の電車…



 恵美須町から平野へ…(昭和55年11月24日)

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 平野から恵美須町へ…

 (昭和53年頃)
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 (昭和55年11月24日)
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 天王寺駅前から平野へ…(昭和53年頃)

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 平野から天王寺駅前へ…(昭和53年頃)

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 平野線阿倍野上りホームを発車して行く天王寺駅前行の電車(昭和55年11月24日)
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 昭和13(1938)年発刊の「南海鉄道発達史」によりますと、昭和4(1929)年9月1日阿倍野に上町線への渡り線が完成し天王寺駅前・平野間の直通運転が開始され9〜12分間隔で運行されていました。
ほぼ同時期に恵美須町・平野間での連結運転が開始されています。
 「南海鉄道発達史」発刊当時の昭和13年には天王寺駅前・平野間は9〜12分間隔で運行され、19時以降は24分間隔となって天王寺駅前・田辺間の折返し運用が24分間隔で行われている(この折返し運用を含めて天王寺駅前・田辺間は12分間隔)と記されています。



 懐かしい運行標識…
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 後年の撮影会で、往年の標識を持参された方がいらっしゃいましたので撮影させていただきました。
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 平野線を走る電車には大型車が多用されてきましたが、昭和54(1979)年秋の阪堺線ワンマン化に伴って大型車が全てワンマン化されたため、終焉の決まっていた平野線にはワンマン化対象から外れた中型車のモ205形電車が担当することになりました。




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この記事へのコメント

のり
2020年11月16日 06:39
♪ gop様
南海旧平野駅付近へは、10年ほど前に訪問いたしました。かつて走っていた電車の面影を偲ぶような素敵な場所になっていたことを思い出しています。

旧恵美須町駅、なくなってしまいました…
hm6059
2020年11月17日 21:09
のりさん、こんばんは。
阿倍野斎場前の画像。
大通りの平面交叉、空間で縦横に交わる架線(斜めにも伸びてます)の下を走行する電車。(背景には堂々した金融機関の看板も、、、。)
「路面電車のある風景」ですね。
私も廃止前に阿倍野で少し写真を撮りましたが、掲載画像のような広々とした画角では撮っておらず、悔いが残っています。
のり
2020年11月19日 06:39
♪ hm6059様
ほぼ直角に交わるレールとそれをつなぐ渡り線・蜘蛛の巣のような架線とその下を通る電車から出るスパーク…。
各都市に路面電車があった時代には、平面交叉はごくあたりまえの光景でした。
平野線は廃止の日まで終日ツーマン営業の電車でした。これも懐かしい「路面電車の時代」のものですね。
阿倍野界隈は風景が激変しましたので、今ではどこの場所からわからないほどになっています。