住吉祭・神輿渡御(中)

 住吉祭は、神輿渡御の日でございます。



 仕事の都合であまり長時間居ることができないのですが、できるだけ祭と時間を共にしたいと思います。



 阪堺線大和川橋梁のすぐ下辺りに、四方を注連縄(しめなわ)で囲われたところがございます。
画像

 ここで、神輿が大阪の担ぎ手から堺の担ぎ手に引き継がれ.、神輿渡御は最高潮を迎えられます。


 住吉大社のホームページによりますと、住吉祭での神輿渡御は、少なくとも13世紀の中頃には行われていたという記述があるそうです。その後、1700年頃に行われた大和川の付け替え(もともと大和川は羽曳野市付近から北上して淀川と合流していましたが、しばしば大洪水を起こしていたため、大阪平野中部をほぼまっすぐ西進する形で大阪湾に注ぎ込むように付け替えられました)によりまして、大阪と堺とが分断されたため、神輿も川渡りをするようになったそうです。
 まことに残念ながら、昭和35(1960)年を最後に、人力での渡御が途絶えました。
 しかし、人力での渡御復活の声が高まり、地域住民の熱意と地元有志の大きな力とを得て、平成17(2005)年に人力による渡御が約半世紀ぶりに復活。翌年には、大和川の川渡りも復活いたしました。
 



 午後2時すぎ、住吉大社を出発された神輿渡御の列は、紀州街道を南下されまして、大和川へとやって来られます。

 なお、今回の記事の写真は、iPhoneで撮影したものを拡大した画像でございますので、粒子が荒くお見苦しい写真の連続であることをご了承ください。



 先に来られていた住吉踊の女性たちが大和川に架かる大和橋の橋上で休憩中です。その向こうを「青らん」が北上して行かれます。
画像




 私たちは、堺側(南側)の堤防にまいりました。




 渡御行列がやって来られました。

 大和橋の橋上で神輿が来られるのを待ちます。
画像



 ほどなく神輿がやって来られまして、大和橋北詰から大和川の大阪側堤防を東へ…。
画像



 神旗の先導を受けられまして堤防を下りて行かれます。
 
画像


 堺側の堤防では、担ぎ手たちを応援する堺太鼓が鳴り響いています。
画像



 堤防を下り、大和橋のたもとで休憩です。
画像



 阪堺線の電車が通って行かれました。
画像



 しばらくしまして、鉄砲隊の火縄銃を合図に、神輿が動き始められます。
画像



 神旗の先導で大和川へ…。
画像


画像


画像


画像


画像



 中洲に到着、神輿は激しく揺すられます。
画像


画像


画像



 中洲の注連縄で囲われたところに向かわれます。

画像


画像



 大阪の担ぎ手さんたちは、ここで神輿を下ろされますと、責任者の方々を残して岸に戻られます。
画像



 残られた責任者の方が、堺側に合図を送られまして、堺側の責任者の方々が中洲へ来られます。
画像



 神旗が引き継がれまして、大和橋上の御鳳輦にて神事が行われ、橋上から神官によるお祓いを受けられます。
画像



 堺側の担ぎ手さんたちが、掛け声をあげながら一斉に中洲に向かわれます。
画像


画像



 住吉っさんの神輿を担ぐ掛け声は独特で、「ワッショイ」ではなく「べーら、べーら」と発されます。
 「べーら」とは、「米良」または「平楽」からきていると言われているそうです。

 また、担がれた神輿を激しく揺する時には「がっさいがっさい」と発されます。




 鉄砲隊が、今度は堺側から火縄銃を放たれまして、渡御行列の再開です。
画像


画像


画像


画像


画像



 岸に上がられます。
画像


画像


画像




 上陸後、ひとしきり練られまして、一旦休憩されたあと…

画像



 宿院頓宮へ向け、出発されます。
画像


画像


画像




ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 32

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
ナイス ナイス ナイス ナイス
ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!)

この記事へのコメント

タイムスリップ
2015年08月05日 07:49
  本当、大和川が綺麗になって良かった。

 白装束で、水から上がっても汚れが目立ってないですね。

 あんだけの人数で川底をかき回してですから、相当ヘドロも減ってそうですね。

 以前なら干潮で川底が現れると異臭が漂ってましたからねぇ。
HAPPY MOUNTAIN
2015年08月05日 11:52
大和川が綺麗になったから川渡りが復活したのでしょうね。
のり
2015年08月05日 20:31
♪ タイムスリップ様、HAPPY MOUNTAIN様
川渡りの復活は、大和川がきれいになってきたなぁ…と感じてきた頃と同じ頃のようですね。
かつては、様々なものが流れていて、異様な臭いとともに悪名高き川でした。
担ぎ手さんたちが神輿を担いで渡れるほどの川になったんですね。
HAPPY MOUNTAIN
2015年08月05日 22:36
以前の汚い大和川に入ったら病気になりますよ。さて、連日の猛暑でJR特急くろしおの運転手が熱中症でダウンして運転中断したとニュースがありましたね。あのような大きな前面ガラスは運転席は温室状態になりかなり辛いと阪堺電車の運転手が言っていましたよ。皆様酷暑続きますが頑張って下さい。
HAPPY MOUNTAIN
2015年08月06日 15:43
エビスビールロング缶のオマケ、北斗星とトワイライトExpressのヘッドマークをゲットしました。どちらも乗車したので感慨深いです。
のり
2015年08月06日 20:30
♪ HAPPY MOUNTAIN様
おっしゃるとおりですね。あの当時の大和川に入りたいと思う人は、まずいなかったでしょう。
昭和54年ごろだったと思いますが、友人と高野線の大和川橋梁で20000系こうや号を撮影した時、上流から敷布団・毛布・掛け布団・枕の順で流れてきまして、友人と「上流で何があったんや…」と話していたのを覚えています。
今は、川岸に居ても悪臭はせず、海からの潮の香りさえ漂ってくるほどです。
時代は変わりましたねぇ。

ヘッドマークですか。トワイライトエキスプレスは、私の中では、もう完全に想い出の列車になりました。
ザビエル
2015年08月18日 10:16
のり様♪こんにちは。

生まれも育ちも堺ですが、こんな素晴らしいお祭りだとは知りませんでした。
知らない人も多いと思いますので、もっと大々的に告知等しても良いような気がします。

詳しく丁寧な画像や説明、有難うございました。
のり
2015年08月18日 20:28
♪ ザビエル様
こちらこそ、喜んでいただけて光栄です。

私も住吉祭の神輿渡御は、なかなかお休みが合わず、初めての出撃でした。
時間の都合で、大和川の川渡りまででしたが、素晴らしかったですね。
この住吉っさんでも、神輿の担ぎ手を集めるのに苦労しておられると聞きました。