我孫子道駅
梅雨の合間を縫って、予算の都合で(笑)、またもや阪堺線のぶらり旅に出ました。
今回は、我孫子道駅からぶらぶらと北上します。
始めの訪問は、「我孫子道」でございます。
先日の路面電車まつりの時以来の訪問です。
しかしこの駅、近くにありながらなぜかじっくりと眺めたことがございません。
今般はよい機会とばかりに、少しばかりじっくりと眺めてみました。
この駅のすぐ南東側には、阪堺電気軌道の本社と車庫・工場がございます。
線路沿いを少し南に歩きますと、北側の留置線に置かれた電車たちを垣間見ることが出来ます。
この駅にはホームが4つございます。
通常使用されております浜寺駅前方面行ホームの1番線です。
ホームが、かなり長いのがお分かり頂けると思いますが、これは2両停車をするためです。多客時間帯(ラッシュ時やお正月など)で、後続の電車が続行した時や、ダイヤの乱れで本来なら先着するはずの恵美須町からの当駅止まりが、後続になるはずの上町線浜寺駅前行と逆転してしまったときなど、2両停車を見ることが出来ます。
この日も、我孫子道止まりと浜寺駅前行とが逆転している光景に出逢いました。
踏切を挟んで対向する位置に、天王寺駅前・恵美須町方面行が使用しております2番線があります。
その2番線の向かい側、定期券売り場や事務所棟の前に3番線があります。
定期券売り場や事務所棟への通り道としまして、開かれておりますが、ホームとしての機能は通常閉じられております。しかし、我孫子道発浜寺駅前行の初発電車がこのホームを使用するそうです。
1番線の向かいにある4番線です。
ほとんど使用されることがないようで、美しい石畳が覗いております。
駅前には商店街がございます。
出入りする電車を眺めておりますと、駅の南側でパンダ電車がすれ違いました。
貸切のモ701号には、小学生の団体さんが乗っていました。
昭和53(1978)年頃の我孫子道です。
路線配置は殆ど変わりませんが、周りの風景がかなり変わっています。車庫・工場も切り売りされまして、敷地がずいぶん狭くなりました。
番線表示が丸いですね。
この駅ならではの風景と、活き活きとした生活感を感じます。
私は北へと歩き始めました。
今回は、我孫子道駅からぶらぶらと北上します。
始めの訪問は、「我孫子道」でございます。
先日の路面電車まつりの時以来の訪問です。
しかしこの駅、近くにありながらなぜかじっくりと眺めたことがございません。
今般はよい機会とばかりに、少しばかりじっくりと眺めてみました。
この駅のすぐ南東側には、阪堺電気軌道の本社と車庫・工場がございます。
線路沿いを少し南に歩きますと、北側の留置線に置かれた電車たちを垣間見ることが出来ます。
この駅にはホームが4つございます。
通常使用されております浜寺駅前方面行ホームの1番線です。
ホームが、かなり長いのがお分かり頂けると思いますが、これは2両停車をするためです。多客時間帯(ラッシュ時やお正月など)で、後続の電車が続行した時や、ダイヤの乱れで本来なら先着するはずの恵美須町からの当駅止まりが、後続になるはずの上町線浜寺駅前行と逆転してしまったときなど、2両停車を見ることが出来ます。
この日も、我孫子道止まりと浜寺駅前行とが逆転している光景に出逢いました。
踏切を挟んで対向する位置に、天王寺駅前・恵美須町方面行が使用しております2番線があります。
その2番線の向かい側、定期券売り場や事務所棟の前に3番線があります。
定期券売り場や事務所棟への通り道としまして、開かれておりますが、ホームとしての機能は通常閉じられております。しかし、我孫子道発浜寺駅前行の初発電車がこのホームを使用するそうです。
1番線の向かいにある4番線です。
ほとんど使用されることがないようで、美しい石畳が覗いております。
駅前には商店街がございます。
出入りする電車を眺めておりますと、駅の南側でパンダ電車がすれ違いました。
貸切のモ701号には、小学生の団体さんが乗っていました。
昭和53(1978)年頃の我孫子道です。
路線配置は殆ど変わりませんが、周りの風景がかなり変わっています。車庫・工場も切り売りされまして、敷地がずいぶん狭くなりました。
番線表示が丸いですね。
この駅ならではの風景と、活き活きとした生活感を感じます。
私は北へと歩き始めました。
















この記事へのコメント
可愛くて、
よくこのような一瞬を
GETなさいましたね~すごいです~☆
2両停車!
迫力あるでしょうね! 見てみたいです。
子供たちに人気のパンダ電車は、単独では本当によく見かけるのですが、「並び」となりますと、なかなかお目にかかれません。私も、お正月以来かもしれません。
二両停車は、かつては天王寺駅前や恵美須町でも日常的に見られたのですが…。あの頃が懐かしいと思ってしまうって、もう老齢化なのでしょうね。
阪堺電車のダイヤの乱れは、自分はどちらかと言うと遠方なので、あまり実感できないです・・・。
昭和53年当時のお写真は、素晴らしいと思いました。
あびこ道といえば、乗り換え。
天王寺で呑んで、住吉交叉で乗り換えたのがあびこ道止まり。
で、あびこ道で乗換券を回収されて、その先最初からもう1度乗車賃を払う羽目に。
今は均一料金でそんな心配もいらなくなって、有り難いことです。
阪堺電車は、南海大阪軌道線時代から、軌道ではなく鉄道としてのエッセンスで運用されてきたと聞きます。ですから、ダイヤにもなかなかシビアな面が見られるようです。阪堺電車の面白い一面と言えるのではないでしょうか。
昔写真、お褒めの言葉、ありがとうございます。こんな写真をちらつかせてしまうようになったということは、ネタ不足か老齢化なのかもしれません。
♪ タイムスリップ様
阪堺電車の乗換券は、今も乗換一回限りです。タイムスリップ様がかつて経験されたような事態では、やはり新規運賃が発生するはずです。
いろいろ取り決め事があるようですので、詳細は乗務員さんにお尋ねください。
♪ 浪速原人様
我孫子道の3番線は、今でも浜寺駅前行きの初発電車に使用されているようですが、早朝ですので、まだお目にかかった事はありません。
4番線を利用されたのですね。このホームは、どんな時に使用されるのか、よくわかりません。この方面にお詳しい読者様からのコメントを待つ事にいたしましょう。
天王寺~浜寺が直通になって恵美須町発の阪堺線は我孫子道止まりになったのか、増えたのか?
今は阪堺線も上町線も最寄駅までの距離は大差がないので、最近は直接阪堺線を利用してました。
堺に行くときは行き先を確認してから乗るようにします。
大阪市内からの浜寺駅前行きが、全て天王寺駅前からの電車になってしまいましたので、100年続いた恵美須町からの浜寺駅前行きがなくなってしまいました。阪堺線の恵美須町と住吉の間は、我孫子道折り返しの電車が12分毎に往き来しています。この電車からの浜寺駅前方面への乗換は、たしか我孫子道に限られていたはずです。また、堺市内区間から恵美須町方面への乗換も、我孫子道に限定されていたと思います。ご注意下さればと思います。
ここの商店街は南海線からあびこ筋へ行く商店街を阪堺線が横切ってるって感じですから
件のパチンコ屋さん、昔写真にもその右端に写っていますね。浜寺方面行きホームの方にも、もう一軒パチンコ屋さんがありました)たしかタイガースというような名前だったかと…)。のちに銀行になりましたが、その銀行も撤退しました。
もちろん住吉っさんに行く時もなんですが、この停留所の位置からだったら、紀州街道を北に徒歩で行ってもそんなに遠い距離ではないので、歩いても行きましたっけ。
以前に帰省した際に、数十年ぶりにこの界隈を歩いてみたんですが、昔お世話になりっぱなしだった駅前のレコード店の建物と、阪堺線の姿だけが昔のままでした。
昔はレコード店の手前の路を入ると市場があり、中を通って行くと安立の商店街に抜けるようになっていました。
その市場も姿を消し、住宅になってしまいました。
ここ30年ほどの間に、この辺りもずいぶん変わりましたね。駅前にあった数件のパチンコ屋さんもなくなりましたし、商店街ももっと活気があったように感じますが…。
地元商店街に活気がなくなってきたのは、ここに限ったことではないようです。
活気にあふれた地元の街並み…、もう過去の話になってしまいましたね。