阪和線天王寺駅

 今回は、阪和線天王寺駅の写真です。


 撮影時期については、相変わらず全く記憶にございません。おそらく昭和51~52(1976~77)年頃だろうと言う程度です。


 この直後に、阪和線の旧型国電が引退しているので、その直前だろうと思われます。


 本当に残念なことに、当時の私は、国鉄電車に対しては、全く興味がなく、阪和線の写真もたった2枚しか残しておりません。
 
 しかも、フィルムの保存状態が悪く、見るも無残な画像になっておりますが、ご容赦下さい。

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 70系電車です。色はスカ色(紺色とクリーム)と呼ばれているものです。電車の全景ではありません。私は、何を目的に撮影したのでしょう・・・。


 方向板を拡大してみました。

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 天王寺・和歌山間の区間快速ですね。黄緑色に赤の斜線だったと思います。と言うことは、この電車は、和歌山行です。たしか停車駅は「天王寺・堺市・鳳以遠各駅」だったように記憶しておりますが、時間帯や上り下りで微妙に違っていた記憶もございます(鳳の次の主要駅である和泉府中以遠が各駅停車だった)

 文字が懐かしいですね。「和歌山」の字が「和可山」になっています。小さいときからとても不思議だったのですが、なぜ「可」の字を使用するようになったのか、よくわかりません。もしご存知の方が居られましたら、ぜひともご教授くださいませ。



 次の写真は、大変見苦しい写真ですが、たった2枚の阪和線の写真のうちの一枚ですので、あえて公開させていただきます。

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 オレンジ色の阪和線旧型国電で、たった一枚の写真です。

 車番を拡大して見ますと・・・

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 「クモハ60001」とあります。モハ60のトップナンバーですね。撮影した理由は、おそらくそこにあったのでしょう。

 調べてみますと、昭和15(1940)年に登場したこの電車、当初は東京地区配備でしたが、いろいろな経緯を経て、阪和線にやってきたようです。
 乗務員扉を含め、わりと原型を保っているように見受けられます。調べてみますと、かなり最後まで埋め込み型の前照灯を装備していたそうですが、残念ながら写真では分かりませんでした。

 オレンジ色はかなり色褪せておりました。外板も、かなり痛みがひどく、終末期の哀れさえ感じます。


 写真撮影の直後に、阪和線の旧型国電は姿を消しました。

 その頃の環状線天王寺駅の写真がございました。

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 関西線直通快速が、天王寺駅を鶴橋方面へ向けて発車してゆきます。その横に、阪和線の旧型国電が、永年の疲れを癒すように静かに佇んでいます。


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この記事へのコメント

ファジー
2009年07月01日 07:10
懐かしいですね。吊掛け音が響いてきそうです。
和可山の文字ですが、歌の字は画数が多くて書きにくいのと遠方から見ると字がつぶれて見えてしまうので、音が同じ可の字が使われている。と聞いたことがあります。
Tsu.-Morrow!
2009年07月01日 19:27
懐かしく拝見しました。
小学生の頃を思い出します。
そのころ自宅が鳳から和歌山方面で次の駅である富木駅近くだったので、鳳から各駅に停車する区間快速がとても便利でした。
のり
2009年07月01日 22:01
♪ ファジー様  阪和線の旧国は、いつの間にか姿を消した、という印象があります。もう少し写真を撮っておくべきだった、と思ってみても、本当にあとの祭りです。
「可」の字は、やはりそういう経緯があったのですね。子供の頃から、なにか不気味な(笑)字だという印象がありまして・・・


♪ Tsu.-Morrow!様  ろくな写真ではございませんが、お楽しみいただけましたでしょうか。
中学生の頃、考古学に興味があった私は、阪和沿線の北信太付近で当時大々的に発掘中だった池上遺跡へ時折出かけておりましたので、阪和線の旧国には少々想い出がございます。懐かしいですね。
れぷそる
2014年03月07日 03:43
懐かしいです。
小学生の頃は堺市に住んでいたのでよく乗りました。
僕の頃はスカ色区間快速は鳳以遠は各駅停車で、堺市駅まで乗るので、区間快速か真新しいスカイブルーの103系の快速でした。
その後113系の新快速が出ましたが鳳まで止まらないので乗る機会が無く残念な思いをしていました。
新快速は冷房車なんですよね・・・(笑)
のり
2014年03月07日 06:53
♪ れぷそる様
ようこそお越しくださいました。
色気の少ないところですが、これからもよろしくお願いします。
阪和線が旧国天下の時代でしたね。撮影当時より昔は、上下で区間快速の停車駅が異なって(鳳まで各停、和泉府中以遠各停)いたように記憶しています。
新快速登場の頃は、大変話題になりましたね。停車駅が鳳だけというのもユニークでした。
ブルーライナー色の113系が導入され、一気に近代化が進むのかと思いましたが、遅々として進みませんでした。
れぷそる
2014年03月07日 09:04
のりさん、早速のコメ返ありがとうございます。
私も微妙に鉄分が多いので、またコメントさせて頂きます。
なるほど、区間快速は上下で停車駅が違ったのですね。
私は堺市からなので、上りしか知らなかった訳なんですね。
各駅停車は旧国ばかりで、基本朱1号ですがたまにぶどう色の混色編成を見てワクワクしていました。

しかし、阪和線より旧国天国だった片町線があの変わりようですからね・・・。
のり
2014年03月07日 23:22
♪ れぷそる様
停車駅の件、確証はありませんので、悪しからずご了承ください。
学研都市線は、一番化けた路線でしょうね。阪和線同様、旧国天国でしたのに、阪和線が取り残されてしまった感がありますね。
S.Hiro
2014年03月28日 10:15
懐かしいです。貴重な写真ありがとうございます。

区間快速の停車駅はS45年頃は「天王寺-堺市-鳳-和泉府中以南各停」がメインだったはず。その区間快速のサボの2本のVラインは白でした。
夕刻になると「天王寺-堺市-鳳以南各停」に変化し、写真掲載されているようにサボの2本のVラインは赤になりました。(朝の区間快速の停車駅は記憶にないです。)

その後すべての区間快速が「天王寺-堺市-鳳以南各停」になり、Vラインは赤のものしか使われなくなったはず。(S50年前後)

「和可山」の文字も懐かしいです。「歌」の文字を使わなかった理由はやはり小さい文字になってしまって見難いからだと思っています。ただ「歌」の文字を使ったサボも見た記憶がありますよ。

また訪問させていただきたく宜しくお願いします。
のり
2014年03月28日 19:30
♪ S.Hiro様
ようこそおこしくださいました。
これからもよろしくお願いします。

区間快速の停車駅の違い、私が中学の頃に、発掘中の池上遺跡へ見学に行く際に、相対式ホームの信太山駅で見た「こっちはここに停まるのに、向こうはとまらへんなぁ」という疑問が印象に残っています。
列車名は、もっと昔は、南海高野線と一緒で、「直行」と「快速」でしたね。

区間快速の停車駅、サボで区別できたのですね。かつて、南海でも「赤準急」と「青準急」があったのを思い出しました。

「可」の字、今では本当に懐かしいですね。

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