平野線 飛田から阿倍野へ
今は無き「南海平野線」。
このブログでも、ご紹介させていただいたことがありますが、新しくスキャンした写真とともに、少し見やすい写真にして見ました。
平野線は、今池で阪堺線と分岐します。そのポイントは、25‰の勾配の途中にあったので、ポール時代は上り勾配上での付け替えに苦労したという話を、何かの文章で読んだ気がいたします。平野線は東に大きくカーブを切りながら、勾配を下ります。そのあたりに、「飛田」という停留所がありました。
高い塀のようなものが写っています。「飛田」は、その昔南の金捨て場とも言われた、大遊郭のあったところです。この塀は、遊女たちが逃亡しないようにするためのものだったのでしょうか。
飛田駅の恵美須町方面行ホームは、極端に狭いですね。
飛田を出た電車は、平野線唯一の併用軌道区間に入ります。
併用軌道に入ってすぐのところです。少し分かり難いですが、電車の後方に飛田駅のカーブが見えています。
阿倍野方向へは、かなりの上り坂で、上町台地への上り口になります。大阪市を南北に貫く上町台地は、大阪城が北端辺り。その勾配は、東側よりも西側の方が急です。
上りきった辺りです。
来た道を拡大しますと、かなりの坂であったことが分かります。
不思議な建物の前を通ります。
以前にもご紹介させていただいた建物なのですが、この自転車屋さんの建物、「国産瓦斯器具陳列所」という、すごい表示があります。誠に残念ながら、現存いたしません。
いったい何時頃の建物だったのでしょう。
ここに見える信号機は、かつてはありませんでした。40年位前までは、なかったように記憶しています。昔は、飛田を出ますと、阿倍野交差点まで信号が無く、この辺はかなりのスピードで走っていました。
銀行が見えます。まっすぐ行けば、もう間もなく阿倍野の交差点です。
このブログでも、ご紹介させていただいたことがありますが、新しくスキャンした写真とともに、少し見やすい写真にして見ました。
平野線は、今池で阪堺線と分岐します。そのポイントは、25‰の勾配の途中にあったので、ポール時代は上り勾配上での付け替えに苦労したという話を、何かの文章で読んだ気がいたします。平野線は東に大きくカーブを切りながら、勾配を下ります。そのあたりに、「飛田」という停留所がありました。
高い塀のようなものが写っています。「飛田」は、その昔南の金捨て場とも言われた、大遊郭のあったところです。この塀は、遊女たちが逃亡しないようにするためのものだったのでしょうか。
飛田駅の恵美須町方面行ホームは、極端に狭いですね。
飛田を出た電車は、平野線唯一の併用軌道区間に入ります。
併用軌道に入ってすぐのところです。少し分かり難いですが、電車の後方に飛田駅のカーブが見えています。
阿倍野方向へは、かなりの上り坂で、上町台地への上り口になります。大阪市を南北に貫く上町台地は、大阪城が北端辺り。その勾配は、東側よりも西側の方が急です。
上りきった辺りです。
来た道を拡大しますと、かなりの坂であったことが分かります。
不思議な建物の前を通ります。
以前にもご紹介させていただいた建物なのですが、この自転車屋さんの建物、「国産瓦斯器具陳列所」という、すごい表示があります。誠に残念ながら、現存いたしません。
いったい何時頃の建物だったのでしょう。
ここに見える信号機は、かつてはありませんでした。40年位前までは、なかったように記憶しています。昔は、飛田を出ますと、阿倍野交差点まで信号が無く、この辺はかなりのスピードで走っていました。
銀行が見えます。まっすぐ行けば、もう間もなく阿倍野の交差点です。










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