往年の阪急電車、最晩年の姿 1

 戦前の阪急電車の象徴的存在である「900」一族。そして、その流れを汲む「800」シリーズ。

 阪急今津線で最期の活躍をするこれらの姿をご紹介させていただきます。

 撮影は、詳細な年月日は不明ですが、昭和54(1979)年のはずです。西宮北口駅の今津線今津方面行きホームに立っています。

(1)西宮北口駅です。920系T車トップナンバーの950を先頭に、宝塚行の到着です。
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 美しい阪急スタイルですね。いかにも足が速そうです。製造後45年を経ていますが、まだまだ働けそうです。

(2)900系が2両続いていました。
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 電装解除され、完全に中間車化された「914」号です。電装解除は、昇圧時に行われたそうです。

(3)
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 中間車化されたものの、電装はそのままの「907」号です。製造時期の違いで、台車も異なったものをはいています。

(4)今津線西宮北口折り返しホームに、中間車化された「900」トップナンバーが見えます。
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 中間車化されたとはいえ、運転台も残っていたように記憶しています。運転台後のカーテンは、横引きタイプでした。

(5)懐かしい駅名板を拡大してみます。
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 「指の絵」こそないものの、縦書きの阪急伝統の駅名板が懐かしいですね。この当時、仁川駅の臨時ホームなどには、まだ指絵の駅名板が残っていました。

(6)駅東側にある神戸線への渡り線を、「869」を最後尾にした回送電車が行きます。
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 この渡り線は、営業電車も通ります。朝ラッシュ時の宝塚発梅田行準急と阪神競馬開催時の梅田発仁川行急行です。

そして「西宮北口」といえば、なんといっても平面交差でしょう。

(7)900一族の今津線宝塚行普通到着後、神戸線が横切ってゆきます。
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 電車は、3000系でしょうか、番号がわかりません。今津線の電車は、後から2両目が「970」と読めます。

(8)1000シリーズのツリカケ車、1200系のうしろを、神戸線の最新鋭電車が通り過ぎます。
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 6000系でしょうか、「H」マークが凛々しいですね。

 この平面交差は、時速100キロを超える高速鉄道では、日本唯一だったそうです。神戸線10連化に伴い、西宮北口駅が改良工事される昭和59(1984)年まで実在した風景です。独特のジョイント音とともに、なかなか豪快な風景でした。平面交差廃止直前には、ファンが多数訪れました。

(9)「932」号を先頭にした、今津行普通がやってきました。
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 ここからのお話は、次回にさせていただきます。

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この記事へのコメント

ファジー
2008年08月08日 07:33
いれらの車両のニス色の窓枠がおしゃれで大好きでした。
リベットがなくスマートなスタイルのこの車両、誕生した当時はすごくハイカラで鉄道ファンの心を掴んだろうと容易に想像できますね。
のり
2008年08月09日 20:33
♪ ファジー様  この電車は、新京阪デイ100・阪和モヨ100・参急2200などとともに、戦前の高速電車の傑作だと思います。とても素晴らしい電車ですね。最晩年とはいえ、神戸線での高速運転を体験できました。起動時、界磁段に入る際の独特の間が面白かったですね。
初めまして!
2010年07月07日 14:52
懐かしいです!

小学生の頃(S50年~53年頃)
当時阪神今津駅で阪急に乗り換えて
この今津線で宝塚ファミリーランドの
夏休みお化け大会に毎年行くのが
家族の思い出でした。

西宮北口は降車することは無かったのですが
ダイヤモンドクロスの線路を渡る時に
電車が「ガタガタ~」揺れる
記憶があります。

今津駅も、カーブが急で
踏み切り渡って、阪神の改札に渡ったのも
鮮明に憶えています。
peko
2010年07月07日 14:54
↑の記事
名前入れてませんね^^:
のり
2010年07月07日 22:59
♪ peko様  はじめまして、ようこそお越しくださいました。こんな色気の少ない拙いところではございますが、今後ともよろしくお願い致します。
今津線の900シリーズ、今思い出しても懐かしいですね。「阪急」らしい電車でした。

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