のりさんの鉄っちゃん想い出風景

アクセスカウンタ

zoom RSS 2018春、貸切電車(後)

<<   作成日時 : 2018/04/19 06:30   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 10 / トラックバック 0 / コメント 14

 4月14日(土)、阪堺貸切電車のお話をさせていただいています。


画像


 電車は浜寺駅前に向けて発車致しました。


 車内では楽しい宴会が繰り広げられています。

 車窓から同好の方の姿が見えましたので、手を振ってご挨拶させていただきました。




 昨年同様、とても懐かしい逸品の登場です。



 モ205形電車の大半に装備されていたGE社製Kー9型直接制御器のハンドル。
画像


 子供の頃憧れ続けたコントローラーでした。

画像


画像

 この中央部に取り付けられていたもので、初代阪堺電気軌道創業期の電車由来のものです。


 逆転機ハンドルもお持ちくださいました。
画像




 頭の中は、手動式鉛筆削器を寝かせハンドルを上にして運転士さんの真似事をしていた子供の頃に戻りました。




 こんなものも…
画像

 「操縱者運轉臺(運転台)を離るゝ時は 必ず此開閉器を遮断すべし」




 モ151形電車の検査標識。
画像





 何かよくわからなかった装置の蓋部分。
画像

 ゼネラルエレクトリック社製のこの装置、シングルトロリーとダブルトロリーとの切り替えスイッチのようです。




 登場時の冷房車(501形・351形)に掲出されていた冷房車表示。
画像


 昭和62(1982)年盛夏の北畠にて…
画像

 懐かしいペンギンマークとの再会でした。




 ほかにも20001系こうや号・30000系新こうや号など南海電車の新車竣工パンフレットや、トワイライトエクスプレス誕生当時のパンフレットなどなど……

 貴重なお宝に歓声が上がります。




 あっという間に浜寺駅前に到着です。
画像




 後続の堺トラムが到着し、発車して行く706号と3つの電車が顔を合わせました。
画像


画像



 折り返し発車直前です…
画像


 この光景を想い出します。
画像

 昭和53(1978)年頃です。このとき、私は浜寺駅前からこの229号に乗って大阪市内へ戻ったと思われます。

 今日は161号で大阪市内へ戻ります。



 懐かしい懐かしい車内補充券。
画像

 これはコピーですが、「平野運輸区の車掌さんによって発行されたもの」ということと、「南海電車の鉄道線と運賃が一本化されていた時代」のものということでかなりの逸品だと思います。
 当時は「神ノ木」ばかりでなく「帝塚山三丁目」も乗換指定駅だったのですね。



 折り返し発車後、堺市内で162号貸切電車と離合しました。
画像




 我孫子道での小休止のあとは……


 楽しかった貸切の旅ももうすぐお開きです。




 阿倍野で後続の「青らん」と南行する「茶ちゃ」とが離合します。
画像





画像



 天王寺駅前に到着しまして、みなさんとまたの再会を約しての解散となりました。




テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 10
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い 面白い
ナイス ナイス
ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!)
驚いた
かわいい

コメント(14件)

内 容 ニックネーム/日時
  裏山椎の木絶賛増殖中!

 車内補充券も懐かしいなぁ。

 車掌さんがパチンパチンと穴をあけるやつ。

 学生時代、高野線に乗り換えるのに三丁目を利用してましたが、神ノ木の方が住吉東で通過待ちをするので有利かなと思ったのを思い出します。

 まぁ、当時祖母が帝塚山の駅のそばに住んでいたので、三丁目乗り換えをしていたんですが。

 ジェネラルエレクトリックも懐かしいです。

 3世代の大家族の親戚がGEの大容量の冷蔵庫を自慢してました(笑)。

 あの頃の所謂「白物家電」は未だ国産は小さいのしかなかったんですね。

 今は国産も中国製に押される時代。

 諸行無常ですね。
タイムスリップ
2018/04/19 07:58
お宝を肴に呑み会とは豪気ですね。
HAPPYmountain
2018/04/19 15:08
♪ タイムスリップ様
車掌さんのきっぷ、これは懐かしいですね。おそらく45年以上前のものでしょう。
わが家にも2枚ほどあったはずなのですが…、結婚や引越しなどで散逸してしまいました(汗…)。
路面電車黎明期には、GEの機器類がたくさんありました。
子供の頃、お金持ちのお家の軒先にあるクーラーの室外機に「GE」のマークがあったことをよく覚えています。
家電ばかりでなくこういった機器類も勢力図が大きく変わったようです。


♪ HAPPYmountain様
いいでしょう!
昨年に続いて参加させて頂きました。
懐かしい「お宝」の数々に、我を忘れておりました(笑)…。
のり
2018/04/19 18:39
楽しそうですね。
鉄道線と一体になった車内補充券は情報量盛りだくさんですね。
8年ほど前写真アルバムに子供の頃の軌道線車内補充券を見つけました。
軌道線車内補充券がシンプルに見えます。
http://tsu-morrow.at.webry.info/201008/article_4.html
Tsu.-Morrow!
2018/04/19 20:43
明日は土日のイベントの前乗りして、午後からひさびさ阪堺沿線出没予定です。今まで撮ってない堺市内や浜寺のオーバークロスあたりを狙ってみようかと思っています。
161が来るといいですが・・・
Cedar
2018/04/19 21:47
のりさん、こんばんは。
ツアーの開始が、恵美須町発の設定がいいですね。
あの車内で地酒が堪能できるなんて、羨ましいです。

Youtubeで晩年の平野線画像がアップされてますが、画像よりサウンドが涙モノですね。コントローラーの音もしっかり聞こえます。
hm6059
2018/04/19 23:33
♪ Tsu.-Morrow様
記事を拝見させていただきました。懐かしい切符ですね。
年表によりますと、鉄道線との共通運賃制度が廃止されたのが昭和49年夏とありますので、その当時の切符ではないかと推察されます。鉄道線の表記がなくなったぶんシンプルになった感じがしますね。


♪ Cedar様
阪堺へお出かけされるのですね。
堺市内区間もなかなか面白いところがたくさんあります。
天気も良さそうですので、存分に楽しまれてください。


♪ hmd6059様
貴記事で三田の地酒をご紹介いただいたところでしたので、すぐさま実物にお目にかかるとは思ってもみませんでした。
音源だけですがモ205形電車の御陵前から東粉浜までの走行音がアップされているのを見つけました。
平野線のそれとともに感涙ものですね。
のり
2018/04/20 00:49
昨年に引き続き、持ち主も知らない解説有難うございます😄現役時代の画像と並べて頂けるので大変興味深く拝見させて頂きました。

『操縦者・・・』の銘板が付いていた開閉器は、GE制御器の車両運転席に付いていたそうで開閉だけでなくサーキットブレーカーの機能もあったそうで運転士のノッチ進段が早いとここで電流を遮断するボンという大きな音が鳴ったそうです。

車内補充券は元車掌さんだった人が定年退職時にロッカー整理の時に出て来た、と譲り受けました。未入鋏で発行者印もなく、甲乙両券も揃っていて、その方のロッカーに入っていた経緯は充分怪しいのですが、貴重なものを譲り受けていたようですね。
コピーならいくらでも出来ますので、また入要であればお知らせください

のりさんのような本当にお好きな方に触って頂き普段仕舞い込まれている部品たちは本当に幸せだと思います
次回も(あれば)よろしくお願いいたします
てら
2018/04/20 18:52
♪ てら様
貴重な品々を本当にありがとうございました。
酒や肴にまみれた手で扱うのはとても気が引けたのですが、懐かしさと凄さに負けてしまいました(笑)。

ノッチ進段が早過ぎて過電流が流れる…、手動加速ならではの現象ですね。ほとんどの場合「又入れスヰッチ」をカチッと操作することで復帰していましたね。「又入れ」(リセットのことですね)などという言葉ももう死語なのかもしれません。121形に新調されたコントローラーは、そうした場合マスコンハンドルを一旦オフにすることでリセットできたと記憶しています。そのコントローラーはいま601形に流用されていますね。
「車補」は本当に懐かしかったです。ツーマン運転時代を思い出させていただきました。読者の方からコメントもいただいたように、この券に思い出をお持ちの方もたくさんおられることと思います。
懐かしい「お宝」を拝見させていただいて本当にありがとうございました。
のり
2018/04/20 19:38
それにしても良かったですねぇ〜。鉄マニの方々と(ま、僕も電車は好きですが…(汗))古豪さんに乗ってガタゴト揺られながら、ましてや酒飲みながらの鉄道マニアにとってはグッズに触れて話題が盛り上がって、さぞ楽しい飲み会になったことでしょうね。僕が言うのもなんですが、やはり、そういった仲間づくりというか横の繋がりを持つということは非常に大切なことですよね。
よこはましにしなりくみなとみらい
2018/04/20 20:26
再度恐れ入ります。『又入れ』は161など間接制御器で直接制御器の205などはサーキットブレーカーがボンと切れたようですね。
121、601はおっしゃっるようにノッチハンドルオフで又入れできましたね。
在職中に営業列車で『又入れして!』と運転士に言ったら女子高生から睨まれ(股入れ?)それ以降『リセット』というようにしましたが、それが今も続いているようです。
本来間接制御器は連結運転を想定した物ですがハンドル操作のやり易さから阪堺では直接制御は早くに姿を消しましたね。
てら
2018/04/20 22:18
♪ よこはましにしなりくみなとみらい様
大好きな路線、大好きな電車、そして同好の方々……、
とても楽しいひとときでした。


♪ てら様
再度のコメント、ありがとうございます。
直接制御器と間接制御器での過電流の扱い、勉強になりました。
幼い頃から親しんできたモ205形は直接制御器ですね。ただ、あれだけたくさんの乗車機会がありながら、「過電流」に出会ったことがほとんどありませんでしたので、運転士さんがその扱いをしておられるのを見たことがありませんでした。ノッチの進段に手慣れておられたのか、この機種の制御器が過電流を起こしにくかったのか…、整備しておられる方はどう思っておられたのでしょう…。それともたまたま私が出会わなかっただけなのでしょうか……。
161形では、よく頭上の「又入れ」をカチッと作動されている姿を見かけました。特に163号の下り側は頻繁にその光景を目にしました。わずかなタイミングのズレで過電流が流れる「くせ者」だったように思っています。その163号も車庫の片隅で風雨にさらされています。
一度(もう50年近く前だと思いますが…)、恵美須町から浜寺行きの205形に乗り合わせた時、今池を出て下り込みを一気に下りかなりのスピードが出ていました。いつもこの辺りでマスコンをガラガラガチャっとオフにし、すぐにフルに復帰させておられたのですが、その際後ろの車掌側の頭上で(ボンッ」と音がしてかすかな煙が上がったことがありました。車掌さんは少し上を見ただけで何事もなかったように運行が続けられたのですが、それがサーキットブレーカーが作動した瞬間だったのかもしれませんね。
のり
2018/04/21 00:02
皆さんお持ちのお宝を集めたら1両電車が作れそうですね。161形に付けたら原型に戻せそう。
鷹峯 源光
2018/04/24 22:50
♪ 鷹峯源光様
GE社製のものは205形に付けられていたもののようです。
阪堺の電車は、古い型の電車でも実用に即するため様々な改造が加えられてきました。それらに耐えうる頑強な車体だったのでしょうね。
のり
2018/04/25 06:56

コメントする help

ニックネーム
本 文
2018春、貸切電車(後) のりさんの鉄っちゃん想い出風景/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる