のりさんの鉄っちゃん想い出風景

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zoom RSS 南海大阪軌道線の切符、ふたたび(前)

<<   作成日時 : 2018/04/26 23:42   >>

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 先日の貸切電車内で拝見させていただいた南海大阪軌道線の車内補充券。


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 あまりの懐かしさに頭の中が完全に「あの頃」になりました。


 そこで、かなり前のことになりますが、過去記事でご紹介させていただいたことのある南海大阪軌道線の切符をもう一度ご紹介させていただきたくなりました。





 昭和45(1970)年春、中学生になる私は、3月に小児運賃・4月に大人運賃の切符を買い集めていました。



 日付順に並べてみます。


 昭和45(1970)年2月16(印字が潰れて読みづらいのですが、おそらく16だと思います)日付です。
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 東天下茶屋電停すぐ北側にあった乗車券発売所で購入した我孫子道までの切符。
 当時、東天下茶屋電停南の下り線側に引込み線がありました。車止めの北側には保線小屋のような建物があり、晴明通と呼ばれる道路に面したところに乗車券発売所が設けられていました。




 軌道線の運賃は区間制で、その料金で行くことができる最遠の駅名が記されていました。


 Wikipediaによりますと、昭和41(1966)年に運賃改定が行われ、阪堺線が5区間・上町線と平野線がともに2区間で、1区20円で2〜5区間までは1区につき15円が加算され、6区以上は1区につき10円加算されるという運賃体系だったそうです。
 もちろん鉄道線とは共通運賃でした。


 切符は硬券ではなく、回数券のような(10枚綴りだったのではないかと想像しています)ものを切り離して窓口で販売していました。切符の左肩に数字が打ってあるのは、各綴りの何枚目かを示すものだと思います。




 同年3月3日付、東天下茶屋の乗車券発売所にて購入した天王寺駅前までの切符。
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 同年3月25日付、東天下茶屋電停の乗車券発売所で購入した浜寺駅前までの切符。
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 同年3月27日に天王寺駅前で購入した姫松までの切符。
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 この小児運賃の乗車券4枚は、手元に残すために余分に買い求めたものです。



 これらの切符を眺めておりますと、小学生だったあの頃に飛んでいきそうな気持ちになります。






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コメント(9件)

内 容 ニックネーム/日時
  私は「苗代田」の電停で切符を買っていた記憶があります。

 昭和の30年代はバスも電車も車掌さんがいて、チンチン電車も停留所では切符を売っていた記憶があります。

 貨物列車にも最後尾には車掌車が連結されていたし・・・。

 踏切には係員が居て、手動で上げ下げしたました。

 高架になって消滅したJR長居の踏切で、白い旗を振る係員を見たのが最後でしたね。

 駅員さんがカチカチと鋏を鳴らす音も懐かしい。

 駄菓子屋のおもちゃにあの鋏があって、買ってもらって遊んだ記憶があります。

 何時頃だったか定かではありませんが、行きつけのスキー場の最寄り駅で膨大な「硬券」を入れる棚があったのを思い出しました。

 あれも、何処の駅でも普通に見られた光景でした。

 硬券が無くなってからも、駅で長距離の切符や指定券を買う際にいちいち路線ごとのページをめくって入力してましたね。

 映画「ターミネーター」じゃないですが、機械と格闘する仕事でなくても良かった頃を思い出します。

タイムスリップ
2018/04/27 07:39
コメではお久しぶりです。阪堺は区間制で乗り換え制度もあり車掌の業務も多忙だったでしょうね。
ジャリの頃『電車かばん』というおもちゃがあって、親に頼んで買ってもらったのを思い出しました。
Cedar
2018/04/27 13:02
♪ タイムスリップ様
大阪軌道線のかなりの停留場に切符売り場があったと思います。
この車内補充券にも「乗車券は乗車前に出札所でお買い求めください」と記されています。
切符売場の中の硬券の棚、すごかったですね。係員さんはその中から目的の一枚をさっと見つけてスッと引き出し、カシャっと日付の印字機をくぐらせ……、懐かしいですね。
定期券も、乗車駅・降車駅・日付など、ほとんどがハンコで、氏名は手書き…。

遠い昔の話になりました。


♪ Cedar様
南海の軌道線は、ほとんど鉄道線と同様の扱いではなかったかと記憶しています。
運賃体系も鉄道線と一体でしたし…、車掌さんはかなり手馴れていたのではないでしょうか。
電車かばん、車掌さんセットのようなおもちゃですね。懐かしいです、
のり
2018/04/27 20:57
車内補充券は保存状態が悪いけど手元にあります。普通切符も欲しかったなぁ。最近は切符レスになってきましたね。
HAPPYmountain
2018/04/28 07:36
♪ HAPPYmountain様
私もこのタイプの車内補充券を持っていたのですが、転居などでどこかに散逸してしまいました。
なんとかこの乗車券は残すことができました。
おっしゃるとおり、最近はICカードばかりで切符を買うことがなくなりました。
のり
2018/04/28 22:50
私、駅売り券の記憶が無いのです。覚えているのは車内券の事だけ。車掌台の周りにパンチカスが無数に落ちていたのをよく覚えています。
鷹峯 源光
2018/05/04 08:59
♪ 鷹峯源光様
利用していた停留場のせいでしょうか、私は駅売りの乗車券の方が印象強く残っています。
よく利用していた阪堺線の聖天坂にも、上り電停の北側(踏切を越えて線路沿い)に売店を兼ねた切符売り場の小屋がありました。
のり
2018/05/04 09:47
住吉鳥居前の待合所では切符売ってたんですかね?買った記憶が皆無なのです。乗る時はいつも車補でした。そういえば阪堺の車掌さんは平野運輸区以外はカバンを持ってませんでしたね。七つ道具をカンカンに入れてました、冬場には制服のポケットに全部入れて手ぶらで交替してたり。子供の頃の懐かしい時代です。
鷹峯 源光
2018/05/07 00:13
♪ 鷹峯源光様
私もあの待合の中で切符が売られていたという記憶はないのですが、その可能性は高いと思っています。
近辺の切符売場は、南海住吉公園東駅舎(上町線側)や住吉交叉点の阪堺線側2番のりば東側待合横でしょうか。
また、姫松の待合では発売されていましたし、おそらく鳥居前の待合でも中の売店が切符売場を兼ねていたのではないかと思います。ただ、確証がありませんので、先輩方にお尋ねしてみます。
のり
2018/05/07 06:51

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