のりさんの鉄っちゃん想い出風景

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<<   作成日時 : 2010/01/13 23:31   >>

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 1月10日(日)、天理を訪れた私には、ある目的がございました。


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 天理大学付属天理参考館で開催されている「南海電車展 鉄道コレクターの軌跡」を見学するために、天理を訪れたのです。


 天理教教会本部から程近く、天理大学の付属施設として存在する天理参考館


 
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 生活資料を中心に世界各地の貴重な資料を保管されています。その中には、鉄道関係の資料も多く存在すると聞いています。


 
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 一昨年に亡くなられた平芳資也氏の貴重なコレクションが、昨年天理参考館に寄贈され、今回の展示となったそうです。

 チラシです。

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 「先着1000名に記念品進呈」とありました。

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 いただいたのは、古い南海の切符を模した記念券のセットでした。ちなみに記番は「711」でした。



 会場に入りますと、そのコレクションに圧倒されます。切符類・方向板などは言うに及ばず、電車の部品から各種パンフレット・貴重な文書まで、極めて多岐にわたる貴重なものでした。

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 阪鶴鉄道との蒸気機関車譲渡に関する書類20001系こうや号のエンブレム・果ては南海グループのバスに関するものまで・・・


 昭和11年5月の携帯時刻表を眺めてみますと、当時の停車駅は・・・

 特急:難波・龍神・浜寺公園・岸和田・佐野・和歌山市
    
 急行:難波・住吉公園・龍神・浜寺公園・大津・岸和田・貝塚・佐野・淡輪・和歌山市

 でした。住吉公園浜寺公園の扱いには驚きます。隔世の感ですね。



 こんなものがございました。

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 「馬灯(やばとう)」と呼ばれるもので、家畜車で使用されていた車内灯だそうです。帰宅後、いろいろと調べてみたのですが、全く判りません。このようなものの実物を拝見するのは全く初めてでした。添書きに「南海電気鉄道」と書かれていますので、南海にも家畜車があり、そこで使用されていたものなのでしょうか。もし、詳細をご存知のお方が居られましたら、ぜひともご教授下さいませ。


 軌道線に関するものもありました。

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 モ205形のものです。昭和17年製造ということですから、モ243・244号のどちらかだと思われます。


 軌道線車輌のハンドル類もありました。

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 3つ並んだブレーキハンドル・逆転器ハンドルのうち、中央のものに刻印されている車番。とても判読し難かったのですが、「240」ではないかと思われます。

 だとすると、この写真の電車です。

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 ただ、モ205形の逆転器ハンドルは、上からカパっとはめ込むタイプだったように記憶(これはモ205形の主流であったGE製K−9型のもので、240〜250号のGE製K−39型とは違ったのかもしれません)しておりますので、別物かもしれません。本当に記憶が曖昧になってしまいました。

 いずれにしましても、懐かしい想い出がよみがえってまいります。


 とても素敵なパンフレットが用意されておりました。

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 平芳資也氏は、熱烈な南海ファンとして「南海太郎」という異名でその筋の人たちに知られた方です。また私費を投じて阪堺電車のモ161形2両を、往年の南海大阪軌道線色に復元させたことでも有名です。訃報を知ったときには言葉がありませんでした。私自身は直接お話をさせていただいたことはございませんが、催事には必ずお見かけし、お正月の阪堺電車でも、臨時職員として交通整理をされておられました。



 展示会場を後にした私は、いろいろな思いに駆られ、しばし沈黙のままでした。


 会期は、2010年1月5日(火)〜3月8日(月)です。

 詳細につきましては、天理参考館のホームページをご覧下さい。

http://www.sankokan.jp/exhibition/plan/shinshun_2010.html





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コメント(14件)

内 容 ニックネーム/日時
ほー、こんな企画があったとは知りませんでした。
四国号のヘッドマークのミニチュアを持っていましたが、今はどこにいったのやら・・・・。
サットン
2010/01/14 12:20
これは、天理まで足を運ぶ値打ちがありますね。
私も行ってみたくなりました。
家畜車については、少し調べてみます。
ファジー
2010/01/14 16:17
♪ サットン様  私もふとしたきっかけで知りました。是非とも出かけなくてはと思い、今回の訪問となりました。
ミニチュアヘッドマーク、ありましたね。私も四国号のものを持っていたはずですが・・・・何処へ・・・



♪ ファジー様  是非ともお出かけ下さい。そのコレクションには圧倒されます。その一つ一つについて、じっくりと見入ってしまいました。資料としての価値も高いものだと思います。家畜車の車内灯については、本当に謎です。よろしくお願い致します。
のり
2010/01/14 23:19
ここの乗車券コレクションは有名で、何度も行ったことがありますが、その縁で没後収蔵されたのではないでしょうか。

なんてことを書いてますが、この近くに祖父母の墓があるものでして・・・。
なにわ
2010/01/15 22:47
このような企画があると、私も興味深く行ってみたいですね。

特急「四国」号というネーミングの特急(これは座席指定特急だったのでしょうか…)があったんですね。ちなみに昭和11年の時刻表で龍神という駅名がありましたが、今で言うとどの辺かというのも知りたいですね。
竜(ドラ)バンライター
2010/01/16 20:49
♪ なにわ様  天理参考館に収蔵されている乗車券は、かなり貴重なものが多いと聞いたことがあります。大阪市営地下鉄開業当時の切符が載っていた本にも、「天理参考館蔵」と記されていたのを思い出しました。


♪ 竜(ドラ)バンライダー様  とても素晴らしい展示でした。
「四国」号は、難波・和歌山港間の一部座席指定の特急で、和歌山港からの四国小松島港への船便に連絡しておりました。たしか1001系6連の前2両が指定席車輌だったように記憶しております。現在の「サザン」の前進ともいえるでしょうか。とても見辛いですが、かすかに「四国」号が写っております。

http://205-161-205.at.webry.info/200806/article_5.html

「龍神」駅は、「堺」駅のすぐ南側にあった駅で、各方面への移動に便利なところから、「堺」駅よりも賑わい、優等列車は「堺」を通過して「龍神」に停車していました。昭和30年頃に両駅が統合されて、「龍神」が新しい「堺」駅となり、その後高架工事とともに北へ移動し、ほぼ元の「堺」駅の場所に現在の「堺」駅が完成しました。少々ややこしいですが、お分かりいただけましたでしょうか。
のり
2010/01/16 22:45
大学の付属施設で鉄道マニアの展示が行われるなんて面白いですね。こんなことでも関西の電車文化の奥深さを感じます。
天理には昔電車撮影で行きましたが駅前広場と、国鉄天理駅の臨時列車留置線の広大さをみてさすがと思ったものでした。
Cedar
2010/01/18 12:08
♪ Ceder様  天理参考館は、交通関係の資料もたくさん所蔵されているそうです。時折その展示もされているようです。
天理駅は、全国各地から訪れる参拝客のため、巨大な駅施設ですね。近鉄天理駅もかなりの規模です。
のり
2010/01/19 23:18
今さらですが、ご来展いただき有り難うございました。わたしと平芳氏とは高校時代からの趣友でして、このコレクションのいくつかは平芳氏が手に入れられるときに同席した物もありまして、懐かしかったですね。思わず「あいつらしいなぁ〜」と思うものも有りましたしね。
こつまなんきん
2010/05/23 23:14
♪ こつまなんきん様  拙ブログへようこそお越しくださいました。脈絡のない記事ばかりですが、今後ともよろしくお願い致します。
こつまなんきん様は、平芳氏と同級でいらっしゃったんですね。ひょっとしたら、南海電車まつりなど、どこかでお目にかかっているかもしれません。
南海電車展、今でも時折パンフレットを出してきて懐かしんでおります。あのコレクションを想い出すにつけ、若くして鬼籍に入られた氏を思い、感慨にふけっております。
のり
2010/05/24 22:47
太郎氏の遺品をなぜ天理参考館に寄贈したかと言いますと、「散逸するのを恐れたから」です。南海の物なので、本来なら南海が寄贈を受けて管理していただければいいのですが「あそこに渡したら間違いなく散逸させる」と皆の意見が一致していましたので、管理の行き届いた天理参考館様に寄贈する事にした訳です。
ちなみにわたしは太郎氏の1つ下です。卒業してからもよく部室に来て昼寝をされていたのを思い出します。今年、太郎氏のまかれた種が大きな花をつけました、路面電車まつりで公開される「161号昭和40年代復元車」も元は太郎氏が自費で162・163をオリジナル塗装に塗り替えた事が始まりです。太郎氏は雲の上で喜んでいるでしょうか、それとも早く旅立たれたのを悔やんでるでしょうか。
こつまなんきん
2011/06/12 00:22
♪ こつまなんきん様  遺品が南海に寄贈されず、天理参考館に寄贈されたのは、やはりそういう経緯があったのですね。漠然とそのように想像しておりました。
おっしゃる通り、今回のモ161号復元車の誕生は、その塗り替えが始まりでしょうね。大きな大きな仕事をされたと思います。
のり
2011/06/12 18:44
初めまして。浪速原人と申します。小生は生れてこの方東住吉区に居住しており南海平野線に並並ならぬ愛着を持ち続けております。年齢の上では平野線を実際知る最若輩かと存じますが「平野線愛」につきましては同好の先輩諸氏に全く劣らぬ旨自負しております者です。今後共よろしくお願いします。
さっそくですが当記事の南海電車展でご覧になられた展示品の逆転ハンドルについて記させていただきますがこれはのり様がお察しのとおりK-39用のハンドルです。参考にと検索いたしましたところ現在も現役でK-39が供用されているえちぜん鉄道ML6(京福テキ6)のハンドル画像がございました。
http://blogs.yahoo.co.jp/wing3863/GALLERY/show_image_v2.html?id=http%3A%2F%2Fimg.blogs.yahoo.co.jp%2Fybi%2F1%2F5d%2F4c%2Fwing3863%2Ffolder%2F941284%2Fimg_941284_26145572_3%3F1296995049
画像を参照しますれば一目瞭然であり前記の展示品はK-39用すなわちモ240号のものに間違いないと存じます。小生縁あってモ23*の逆転ハンドルを入手所有しておりますがK-9用は仰るとおり上から嵌めるタイプでその重量感に圧倒されます。浪速原人
浪速原人
2011/08/02 06:17
♪ 浪速原人様  ようこそお越しくださいました。色気の少ないところでございますが、これからもよろしくお願いいたします。
詳細なご報告、誠にありがとうございます。30年もの間眠り続けておりました私の記憶が、確かであったとホッとしております。GE・K-9タイプの逆転器ハンドルをお持ちとか。やはり上からカパッとはめ込むタイプでしたね。テキ6の運転台の写真も見せていただきました。懐かしいですね。
情報、感謝です。
のり
2011/08/02 23:12

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