のりさんの鉄っちゃん想い出風景

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help リーダーに追加 RSS 近鉄ニュービスタカー

<<   作成日時 : 2008/09/11 21:49   >>

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 昭和53(1978)年、近鉄に颯爽と登場した30000系「ニュービスタカー」のお話です。

 30000系は、老朽化が目立ち、運用上の不都合も目立ってきた10100系「新ビスタカー」にかわる、新しい二階電車として登場しました。当時の近鉄特急は、主力であった名阪ノンストップが、新幹線のあおりで乗客が激減したため、主眼を伊勢志摩方面の観光特急に転換し始めた頃です。そんな近鉄の新しい顔として華々しく登場しました。

 撮影は、昭和54(1979)年ですから、登場直後です。

 安堂・国分間大和川橋梁です。
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 賢島行特急4連が通過してゆきます。


 近鉄特急撮影の名所、長谷寺・榛原間です。次の二枚は、昭和54(1979)年5月13日の撮影です。
 
 賢島行を後追いしました。
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 京都行特急です。
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 京都・伊勢特急ですね。すでに近鉄特急ネットワークにしっかり組み込まれています。

 二階部分が独特のスタイルです。今までの電車のイメージとは、全く違います。ボディーのVラインが鮮やかです。当時は、国鉄の「踊り子」号などのように、流れるラインを切るようなデザインが流行していたようです。
 30000系「ニュービスタカー」の二階建部分は、10100系のものとは大きく異なっていました。乗降口を車体中央に移し、二階席は通常客室のように天井が高くなりました。草色のシートは、「さわやかな高原のイメージ」だったように記憶しています。その分、階下席は天井が低くなりましたが、行き止まりにしてコンパートメントのような雰囲気を醸し出していました。ライトブルーのシートは、「海のファンタジー」。ただ、時折お手洗いと間違えて階段を降りて来られるお客さんがおられました。

 鳥羽駅で撮影した、賢島行特急です。昭和54(1979)年4月8日(日)です。
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 学生時代のサークル仲間と、4月7〜8日に伊勢・志摩へ出かけた折のものです。雨!!!この旅行は、行きに「ニュービスタカー初乗り」を目指して切符を取ったのですが、取れた座席はニュービスタカーに増結された18200系ミニエースカー(リクライニングではなく転換クロスシートでした)。帰りの鳥羽駅で撮影した一コマですが、この直後に、暴風となり、列車が一時運転見合せとなってしまいました。駅の木製ベンチ(赤福の看板のついた重心の低いどっしりとしたベンチです)が、暴風でひっくり返っていました。散々な旅行でした。このときのお話は、日を改めてさせていただきます。

 別の日、西大寺検車区での撮影です。
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 30000系「ニュービスタカー」に乗車できたのは、しばらく後のことでした。写真はありませんが、素晴らしい車内設備に感激したのを覚えています。

 「ニュービスタカー」は、近鉄の華として活躍しました。その後、国鉄の度重なる値上げのため、名阪特急の乗客が再び増え始め、「ニュービスタカー」も名阪ノンストップ特急として活躍しました。名阪特急に「アーバンライナー」・伊勢志摩特急に「伊勢志摩ライナー」が登場するなど、次第に車内設備が新型特急に比して見劣りするようになって来ました。そこで内装・外観ともに大改造を受け、「ビスタEX」として雄々しくよみがえり、現在も近鉄特急の主力として活躍中です。

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