のりさんの鉄っちゃん想い出風景

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<<   作成日時 : 2008/08/15 21:57   >>

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 昭和53(1978)年頃の阪堺線です。

 当時はまだ、南海大阪軌道線と名乗っていました。阪堺線のワンマン化が、昭和54(1979)年ですから、ワンマン化直前の姿ですね。
 恵美須町から、南へ下って行きたいと思います。

 恵美須町駅に佇むモ205形です。
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 可愛くて美しい姿です。私の大好きな電車です。当時は、まだまだ阪堺線の主力でした。恵美須町駅も、当時は3線3面のホームを持つ、路面電車としては立派なターミナルでした。平野線も健在で、電車も次から次へとやってきて、大変賑やかでした。

 南霞町・今池・松田町・北天下茶屋と過ぎます。 今池駅は、平野線分岐があり、写真撮影としてはとても面白い場所だったのですが、少々撮影にためらう事情(地元に人にはよくわかるのですが・・・・・)があって、残念ながら画像が残っていません。

 しばらく走ると、大きな通りを横切ります。
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 北天下茶屋・聖天坂間です。通称「松虫通」と呼ばれる通りをモ205形が浜寺方面へ横切ってゆきます。

 同じく北天下茶屋・聖天坂間です。「214」号恵美須町行が、聖天坂駅を発車しました。
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 モ205型は、阪堺創業時代の木造車や貨物電車などを改造した電車です。物心ついたときから、本当に身近にいた電車ですので、思い入れも深く、この電車の運転に大変憧れました。

 聖天坂駅を発車するモ121形「124」号浜寺駅前行です。
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 モ121形は、名車である木造車モ101形の代替として、大阪市電1601形を改造して10両が製作されました。登場は昭和42(1967)年です。

 電車は、天神ノ森を過ぎ、旧住吉街道と呼ばれる道に入ります。東玉出・塚西を過ぎて、東粉浜です。当時、こんな建物が残っていました。
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 旧待合です。「東粉濱」という古い漢字がいいですね。撮影当時には、もう閉められていました。現在は、建物もなくなり、更地になっています。

 次が、住吉です。上町線との交差点です。その直前に、こんな古めかしい建物がありました。
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 住吉名物「さつま焼」というお菓子のお店です。「さつま焼」は和風スイートポテトといったところでしょうか、そういう感じのお菓子です。

 住吉交差です。
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 恵美須町行モ205形「224」号の前を、住吉公園行モ161形「170」号が横切ってゆきます。バックに見える銀行も、いまはすっかり名前が変わりました。「170」号は、現役で活躍中です。

 住吉鳥居前・細井川・安立町と過ぎて、我孫子道に近づきます。
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 場内信号機が見えてきました。恵美須町行モ121形がやってきます。

 我孫子道駅です。
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 天王寺駅前行モ161形「174」号が止まっています。車庫の中には、たくさんの電車が見えます。

 ここから先は、また次に・・・・・

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コメント(9件)

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さつま焼・・・懐かしいです。
住吉公園に面した同級生のお宅へHOを携えてよくお伺いしました。二階の座敷でHOの運転会にひがな一日うち興じ、夕方帰宅するときには、手土産にこのさつま焼をよく頂きました。
今ではなんばの高島屋の地階でも買い求めることが出来るようですね。
ファジー
2008/08/16 10:31
緑色の205が大活躍していた頃の阪堺線。実際に乗っているような気持ちで読みました。今池駅は三回降りています。いまでも、平野への分岐が見えるような気がします。
三枚目の205、いい写真です。たぶん、一度も乗っていないと思います。
阪堺電車に乗っているような・・・・
2008/08/16 23:38
済みません!ハンドルネームの記入、忘れました!
む〜さん
2008/08/16 23:40
阪堺線の今池駅は平野線との分岐、下を走る天王寺線今池町駅との連絡など、とても面白い駅でした。
父親と初めて関西の電車乗り歩きに行った時ここで撮影しましたが、些かワイルドな雰囲気に親子で緊張した記憶があります。恵美須駅寄りからは低い町並みの向こうに通天閣が望まれて、今写真で見るとパリの下町みたいです(思い込み?)。
この時は緊張しつつ平野線沿いにさらにディープなエリア=飛田方面に歩いていきました。今にして思えば随分大胆な親子ですね(笑)!
Cedar
2008/08/17 00:35
♪ ファジー様  「さつま焼」は、結構有名だそうですね。何ヶ所かの出店もあるようです。この古い建物と緑の阪堺線は、とてもよく似合っていました。

♪ むーさん様  板張りの床・長いロングシート・立ったままの運転士さん・明治時代のコントローラー・・・。モ205の想い出は尽きません。それほど子供時代から慣れ親しんだ電車でした。今見てもいい電車ですね。今池の分岐を撮影しなかったのは本当に心残りです。

♪ Ceder様  今池付近は、今から思えば撮影ポイントがたくさんでしたね。この地区では、時折暴動が発生しまして、かつては電車が止まるほどだったのです。このため、南霞町・今池間の西側線路沿いには、30年位前から高いフェンスが張られています。20年近く前には、改装直後の南霞町駅舎が焼討ちにあって、全焼しました。少々ダークなイメージが付きまといますので、どうしても写真撮影の勇気が出ませんでした。今から思うと残念です。 
のり
2008/08/17 08:11
一番最近今池駅に行ったのは7~8年前でしょうか?
昼間だったので剣呑な雰囲気はなかったものの<駅に布団を持ち込まないでください>という掲示にビックリしました。こういうのを面白がるのは余所者だからなんでしょう。
それにしても阪堺線は深い魅力がある電車です。堺市内の廃止のウワサ、気になります。
Cedar
2008/08/17 09:16
♪ Ceder様  今池駅には、駅で暮らしている方がいました。そんなわけで、現在は駅にベンチがありません。独特な雰囲気が漂いますが、阪堺線の魅力にはかないませんね。
のり
2008/08/18 22:25
約30数年前のことですが、私は今池駅近くの
小学校と中学校に通学していましたが、あの辺
りは気楽に行けるところではなかったと覚えて
います。
大学卒業して就職のため東京へ移って25年経
った今、新世界へ串カツを食べにあの辺りを歩
いていますが、雰囲気は変わっていません。


しんろう
2008/08/19 15:46
♪ しんろう様  新世界の串かつ、最近は道頓堀などにも出店が出ています。少し甘いめの衣がソースに絡んで、食が進みますね。「二度漬け禁止」は、お約束ですね。
のり
2008/08/21 23:56

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